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生克五霊獣 11話

そして

「観勒殿、貴方は本当にこの件に関して何もご存知ないとのことで、私が進めてしまってもよろしいのですね?」

泰親は、不気味に笑った。

「どうぞ」

葛葉は、晴明に近寄った。

「若様、お怪我はございませんか?」

暫く泰親と葛葉のやり取りをただ見ていた晴明だったが、急に振られた事で顔を真っ赤にした。女子の葛葉でさえ平然としているのに、男子の自分は腰を抜かして立てずにいる。情けなくて、強がる事も出来やしない。

「あ、ああ」

「恐ろしゅうございましたね、さあ帰りましょうか」

後ろで、泰親がからかう。

「恐ろしゅうて、失禁したんでありませんか? まあ、初めて見たのでしたら、普通の神経の持ち主であればそうなりますね」

「し、失禁などしておらんわ! バカにするな!!」

カッとしたせいか、先程まで力の入らなかった腰が持ち上がった。

「帰るぞ、もう用はないのだろう」

晴明は、真っ赤になった顔を伏せながら、すたすたと歩いた。その後ろを、葛葉が小走りで追いかけた。

(富子さんも、実に厄介な娘を寄越しましたねえ。早いところ、息の根を止める必要がありますね)


*****


時は、随分と遡る。富子には元々、法眼より先に恋仲の男がいた。それが、泰親である。2人は幼少の頃から知った、所謂幼馴染であった。

富子も泰親も、この村で育った。富子も泰親も生まれつき霊力が強く、幼少の頃から共に不思議な体験をする事が多かった。その力も身体が大きくなるほど強くなり、案じた互いの両親は2人を湯治に訪れた力の強い僧の弟子にする事にした。その力の強まり方も、この村の霊泉や薬草のせいだと悟った僧は、子の為にもとその力の使い方をしっかり教えた。

1人前になった2人が村へと戻ると、そこにかつてあった筈の村はなかった。聞けば鬼に荒らされ、両親を含めた村人の多数が喰い殺されたのだという。

悲しみと怒りに潰されそうになりながらも、富子はその身を挺して鬼を封じ込めた。その代わり、霊泉や薬草の寄せ付ける魑魅魍魎から村を守る仕事を泰親が請け負っていた。

富子が法眼の元に行く事が決まった晩の事である。

「富子さん、本当に行ってしまわれるのですか?」

法眼より、互いの気持ちは強かった。

「はい。あの方が、私を解放して下さったのですから、行くしかありませんので。毎日文を書きます。貴方も私に毎日文をください」

「富子さんは、法眼殿を愛していると? 私の力が足りずに、貴女を縛り付ける事しか出来なかった自分が情けなく思います」

富子は、泰親の胸に顔を埋めた。

「私が慕っているのは、貴方だけですよ。泰親。私は別の目的で、あの方の元に行くのです」

「というと?」

「あの方の力は強い。そして、あの方には代々の領地がある。私がこの村の為に生まれ、生きて死ぬ運命と同じように、あの方もその領地の為にいるそうです。ですが、私とあの方とで違うのは私達がどう頑張っても所詮は人柱。その命は、紙切れのような扱いなのでしょう。あの方は、全ての民がその種を残そうとする。私は長い人柱の毎日で、この儚い生命と人の身勝手さに嫌気がさしたのです。私だって、子を持ち、その種を残していきたい……」

「では、私と残せばいいではありませんか!」

富子は首を振った。

「それは、次の人柱を産むのと同じこと。人柱の為に、子を産むなど嫌です」

泰親は、富子を引き離しながら顔を伏せた。

「私は、法眼様の元に行き、正室の座に着きます。そして、子を産み、跡継ぎとし、法眼様を亡きものにした後、泰親と子を設けて幸せになります」

そうか、と泰親は思う。富子は、平穏でありたいのだ。この頃から、村の巫女としての荷を背負わされ、何かあったら死ねと言われた。友達も仲間も、皆富子のお陰で平穏で幸せな毎日を送っていたから。鬼を封じ込められなかったら、生贄になれと言われ、封じ込めたら生きた人柱を強いられた。自分は、彼女に着いて来たが、その哀しみを受けることも出来ないほど、自分は自分で村人の平穏の為に利用されてきたのだ。

「泰親、その為に協力してくれますね?」

これは、富子の逆転計画の始まりだった。

「富子、貴女が望むのなら」


*****


晴明と葛葉は小屋に戻ると、晴明は酒を煽った。もはや自棄酒だった。

「晴明殿、そんなに一気に呑まれてはお身体に触りますよ。何か、肴を用意致しましょうか」

気が利くのか、泰親は小屋に毎食運ばれる食事以外に、酒と肴をいつでも楽しめるように置いておいてくれていた。酒も、上等な品だった。自棄酒でなくとも、ぐいぐい入る。

晴明は、葛葉の問い掛けを無視して、ぐいぐい呑んだ。

随分呑んだところで、肴を用意し、運んできた葛葉に声を上げた。

「お前は、俺が情けないなどと笑っておるのだろう」

絡み酒だとも分からず、葛葉は膳を置くと頭を下げた。

「そんな事、微塵も思っておりません」

「しかし、お前はあの化け物の前で平気だったではないか」

「それは、私が多少なりとも先立ってそれが傀儡だと分かっていたからですし。それに、盗賊に襲われた時は私だって恐ろしくて腰を抜かしておりました」

「ほう、その時の仕返しか」

「そんな!」

晴明が葛葉に顔を近付けた。

「葛葉、お前は何が恐ろしい。お前が恐ろしいと泣いた時に、今度は俺が笑ってやろう」

好意的な言葉でもなければ、態度でもない。それなのに、近付いた晴明の顔にドキッとした。恋より、少しだけ怖いと感じた。

「何が恐ろしい?」

葛葉が黙っていると、晴明の強い力が両肩に伝わり、一気に後ろに倒された。軽く葛葉が頭をぶつける程に。馬乗りになった晴明の抑える力から、葛葉は動けずにいた。

「わ、若様。何を? こんなつまらないこと、おやめください」

「お前は、俺の嫁になりたいのだろ。ならば、俺を慰めてもらおうか」

葛葉の頭が、一瞬にして真っ白になった。

「幼き頃から、お前の存在に屈辱を受け、馬鹿にされ、日陰の生活にうんざりしていたら、その元凶と今度は夫婦等。その元凶と少しでも分かり合おうとしようものなら、また屈辱。俺は一体、何なのだ?」

ひと通り捲し立てたお陰で酔いが覚めたのか、晴明はふいっと葛葉を解放した。そして「部屋に戻れ」と、告げた。

葛葉は何も言えず、こくりと頷き部屋へと急いだ。

晴明は独りになると、今度は静かに酒を煽った。

知らなかったと葛葉は、泣き声を噛み殺しやがらはらはらと涙を流した。初めて、晴明の痛みと自分の愚かさを知った気がした。持って生まれた質だから、誰のせいでもないのだけれど。どうすればいいのか、答えが出ない。せめて、せめて自分の力を晴明に与える事が出来たなら、何かが変わるのだろうか? しかし、積年の嫉妬は長い年月を掛けながら怨みへと変わってしまった。自分が受け入れられる事は、難しいのかもしれない。

晴明が、本当は優しいのを葛葉は知っている。だから、余計に辛かった。

「私の、せいなんだ」


翌朝、変わらず式神が運んでくる食事を、葛葉と晴明は別々の部屋で食べた。晴明は、飲み過ぎたせいで少し頭が痛かった。何か薬はないかと式神に尋ねると、式神が朝餉に薬膳粥を用意してくれた。

葛葉と違って、晴明に昨晩の記憶が疎らにしかない。葛葉が顔を見せないのを気にして、晴明は彼女の部屋の前に立った。

「葛葉殿、昨晩はすまなかった。何やら飲み過ぎたようで……その、あまり記憶もないのでな。勘弁してくれないか」

返事がない。ので、晴明は溜め息混じりに踵を返した。

「ごめんなさい」

と、葛葉の小さな声が障子の向こうから聞こえた。


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