不吉な報せ
青い顔をした村長さんがやってきたのは、まだ朝の靄が晴れない早い時間帯だった。
「開門! 開門!」
ふだんはのんびりとした人なのに、今日はやけに切迫した声を出している。
これはただ事ではないというのは、すぐに理解できた。
俺は外へ飛び出して城門を開ける。
「大変です、イツキさま。グレーベル村が魔物に襲われました!」
グレーベルというのはレビン村から南東に20キロメートルくらいのところにある村だ。
村の規模はレビン村と同じか、やや大きいくらい。
砦からだと直接の道はなく、いちどレビン村を経由していく必要がある。
つまり、30キロメートル以上の距離だ。
「村長さん、その知らせはどこから?」
「グレーベルの若者が救援を求めて夜中にたどり着いたのです」
「その人はどこに?」
「今は家で寝ています。命からがら包囲網を突破したそうで、全身が傷だらけなんですよ」
「すぐにアインを連れて伺います。村長さんも村人たちに警戒させてください。特に南東方面に注意です」
「わかりました!」
今来たばかりだったが、村長さんはすぐに馬で引き返していった。
俺は隊員たちとファーミンに事情を説明した。
「というわけでまずはレビン村に向かう。敵の襲撃も考えられるので、完全装備で事態に当たってくれ」
メーリアが質問してきた。
「グレーベル村はどうしますか?」
「俺が様子を見てくる。おそらくそのまま戦闘になるだろう」
隊員たちがごくりと唾を飲み込むのがわかった。
「隊を二つに分けるぞ。ディカッサ、オートレイ、アインは俺と一緒に来てくれ」
「承知しました。隊長と一緒ならどこまでもぉ♡」
「び、微力を尽くします。すんごく小さな力ですが頑張ります。あまり期待しないでください。でもでも、やる気がないわけじゃないんです。やる気だけは自分のお尻くらい大きいんで……って、私はなにを言っているのだろう!」
「落ちつけ、オートレイ。必ず戦闘になると決まったわけじゃないんだから」
オートレイの肩に手を置きながら、俺はメーリアの方を向いた。
「レビン村の指揮は君に任せる。敵の襲撃に備えてバイクや車での見回りを強化するんだ。いざとなったら村を捨てて砦に避難しろ。ここなら難攻不落だ」
「ですが、村人が砦に入るには隊長の許可が必要です」
「君に承認権の一部を与えるよ」
サインペンの効果にはこういうのもあるのだ。
俺がメーリアに貸し出すという形でメーリアが入城の許可を与えることもできる。
もちろん、俺の意思の方が優先されることは言うまでもない。
続いて、俺はファーミンに向き合った。
「私も一緒に行こうか? 自慢になってしまうが、戦闘力で言えばこの砦のナンバーツーだぞ」
「いや、村人たちはきっと怯えているだろう。ファーミンは人々の心の支えになってやってほしい」
「心得た」
「それに、ファーミンは砦のナンバーツーじゃないよ」
「え?」
「ナンバーツーは俺さ」
そう言いながら俺はトラを抱き上げた。
「トラ、みんなとレビン村の人々を守ってくれ」
「ん~、わかった!」
おそらくトラはこの砦で最強だ。
遺跡で遊んでいるうちにかなりレベルアップしたのだろう。
トラがメーリアたちを守ってくれるなら、俺はなんの憂いもなく戦場へ赴ける。
必要そうな物資を自動車に積み込んでいるとメーリアが俺に小型ザックを渡してきた。
「必要そうなものを入れておきました。どうぞお持ちください」
「ありがとう、助かるよ」
「隊長、絶対に死なないでください」
目を真っ赤にしたメーリアだったが、涙はこぼしていない。
歯を食いしばり、じっと耐えているような表情だ。
「安心してくれ。グレンヒルの鬼はこんなところで死なないさ」
どうせ死ぬのなら、うららかな日差しの下で穏やかに死にたいものだ。
できれば美しい景色を見ながらがいい。
自分の命を奪った魔物の顔をみながらくたばるのだけはごめんだった。
レビン村に到着すると、まずはアインがけが人を治療した。
アインのレベルも上がっており、治癒のスピードは以前とは比較にならないくらい速くなっている。
切り傷や打撲がいくつもあったが、ものの十五分ほどでけがは完全に癒えた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
グレーベル村の若者はトングさんといって、救援を求めるために村を脱出した一隊の一人だった。
「では、ロッカス方面にも知らせはいっているんだね?」
「そのはずです。村を脱出したとき、テミヤのけがは俺より軽かったから」
ロッカスには北部方面の本部があるので、おそらく軍が動くだろう。
だが、あいつらは小回りがきかない。
部隊を派遣するとしても、最短で二日。
おそらくそれ以上かかってしまうと見るのが無難だ。
「魔物の数はどれくらいだった?」
「わかりませんが、たくさんいました。きっと百以上は……」
従軍経験がないと、敵の規模というのは把握しづらい。
こちらは話半分に聞いておいた方がよさそうだ。
「けが人はいるのか?」
「それはたくさん。村人が応戦しましたので一度は魔物を退けました。でも、奴らは再び襲ってくるでしょう。これまでだってそうだったんです。やつらが大規模に動くときは一度の襲撃では収まりませんから」
「待てよ、君は従軍経験がないと言ったね?」
「はい。でも、村での戦闘経験は五回あります」
となると話は変わってくるな。
百体以上の魔物というのもあながち間違っていないのか……。
「とりあえずグレーベルに向かう。ディカッサ、アイン、オートレイは自動車に乗れ」
立ち去ろうとする俺たちにトングさんが縋りついてきた。
「俺も連れていってください! 村には親兄弟がいるんです!」
道案内がいた方が迷わずに済むか……。
「よし、君も乗ってくれ」
「これに? 馬がついていないようですが……」
俺は訝しむトングさんを助手席に座らせ、自動車を発進させる。
グングンと速度を上げる車にトングさんが驚愕したのは言うまでもなかった。
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