二本の角
全員が上がってくるのを待って、俺たちは奥へ進んだ。
通路の奥はどん詰まりになっていて、そこに看板と宝箱が置いてあるのが見えた。
宝箱は金の縁のついた木製で、金属部分はピカピカに磨き上げられている。
「まずは看板を読んでみよう」
ヘッドランプの光を当て、俺は日本語の文字を読み上げた。
よくぞこの部屋を見つけた!
諸君の注意力と行動力に感服する。
ご褒美の宝物を用意してあるから、おおいに楽しんでくれたまえ。
これは私の自信作だ。
諸君が喜んでくれることを期待する。
天空王
さて、天空王はなにを用意してくれたのだろう?
興奮を抑えながら、俺は宝箱を開ける。
それにしてもずいぶんと細長い宝箱だな……。
「これは……角?」
宝箱の中身は二本の角だった。
一本は一角獣が持つような長い角、もう一本は大型の羊が持つような曲がりくねった角である。
一角獣の角はドリル状のねじれがあり、中は空洞になっている。
羊の角の方は一角獣の角より太く、中は網目状の空洞だ。
箱の蓋には説明書きもあった。
開泉の角(長い方)
この角を地面に打ち込めば穴から泉が湧きだします。
角に触れて念じれば、泉の温度は調整可能で温泉も冷泉も楽しめます。
疲労回復に効果がある泉ですので、どうぞご活用ください。
飲むことも可能です。
浄化の角(短い方)
こちらの角は排水にご使用ください。
汚れた水を浄化して異空間に排出します。
なるほど、天空王の自信作と言うだけはある。
これさえあればどこにでも温泉を湧きださせることができるではないか。
しかも温度調整が可能だから暑い季節はプールとしても使えるぞ。
ちょうどお風呂を作ろうと思っていたところなので、俺たちにとってはうってつけのアイテムだった。
「これがあれば風呂づくりは格段にはかどるな。湯沸かしシステムをどうしようか悩んでいたけど、これで問題は解決だ」
魔法工兵のオートレイも大喜びだ。
「隊長、明日からさっそく取り掛かりましょう。私も頑張ります!」
その日の探索はこれまでとして、俺たちは転送装置を使って意気揚々と砦へと戻った。
開泉の角を見つけた翌日から俺たちは風呂づくりに取り掛かった。
まずはオートレイと二人で場所の選定だ。
「問題は風呂をどこに作るかだが……」
「室内ではだめですか? 砦は無駄に広いですから空き部屋はたくさんありますよ」
「そうだが、既存の建物の中に排水溝を作るのは面倒だろう。いっそ外に風呂を作るか」
「風呂専用の建物をつくりますか?」
「それより露天風呂にしてしまおう」
砦の中庭に露天風呂を作った方が簡単だろう。
中庭なら外から覗かれる心配もない。
雨風をしのげる簡単なあずまやを建てるだけですむ。
「それではさっそく取り掛かります」
「魔力切れには気をつけるんだぞ。俺はレビン村の村長さんのところへ行って木材の相談をしてくる」
レビン村には村有林があり、村のために毎年少しずつ木を切り出しているのだ。
ストックもあるらしいので、それを売ってもらうつもりである。
カトリ領にもたくさん木は生えているが、切ってすぐに使えるわけじゃない。
加工だって手間がかかる。
ということで、金で解決することにしたのだ。
今後もこういうことはあるだろうから、俺たちも材木をストックしておくべきなんだろうな。
村長宅を訪ねると、いつものように俺は快く迎え入れられた。
「ようこそおいでくださいました、隊長さん、いや、もうカトリさまでしたな」
「これまでどおり隊長でかまいませんよ」
俺には騎士だの領主だのという自覚はない。
「はっはっはっ、そうは参りませんよ。カトリさまはもうご領主なのですから」
こんな田舎でも王侯貴族の権力は絶大なのだ。
ここは都から離れている分、まだましな方だけどね。
ただ、村人の俺に対する態度はあまり変わらない。
どちらかというと、神官であるファーミンの方が尊敬されている感じだ。
住民の心の苦悩に寄り添っているのはファーミンだからそれも当然である。
「本日はどういったご用向きで?」
「じつは材木を売ってもらえないかと考えて来ました」
できれば加工済みのものがいいこと、なんならこちらの言う寸法に切ってもらいたいことなどを俺は説明した。
村のための材木なので断られるかもしれないと思っていたが、村長の態度は俺が予想していたものよりずっとよかった。
「それはありがたい話です! さっそくベンに言いつけて用意させましょう」
ベンさんはこの村の大工で、三人の息子と一緒に村の建築と修繕を一手に引き受けている。
冬はロッカスまで出稼ぎに行くが、いまは夏なので親子そろって村にいた。
「無理を言ってすみません」
「いやいや、村の現金収入は少ないですから、かえってありがたい話ですよ。ベンも喜ぶでしょう」
俺は村長さんに礼を言って表に出た。
そして、乗ってきた軽トラへ向かって村の中をぶらぶらと歩いていく。
そこへ重そうな荷車を引いたエイニアさんがやってきた。
「あら、隊長さん。お元気でしたが」
「こんにちは、エイニアさん。ご精が出ますね」
エイニアさんに会うのは、彼女がファーミンに罪の告白をしに来て以来だ。
俺の下腹の奥で煩悩がピクリと動く感覚がしたが、なんとか顔には出なかったと思う。
この人はあのナスでどんな乱れ方をしたのだろう?
なんてことを一瞬考えてしまったが、俺は理性で妄想をねじ伏せた。
「また卵を売りに来てください」
「はい、近いうちに必ず。あの……」
「どうしました?」
「また砦のお野菜を分けてくださいますか? あれはとても美味しかったので……」
「ご、ご期待に添えるかはわかりませんが、どうぞ持って行ってください」
「ありがとうございます。それでは近いうちに……」
例のナスはとうにしなびてしまっただろうが、エイニアさんの顔は晴れ晴れとしていた。
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