グローブナ地方の人魚たち
釣り道具を持って、みんながいる遺跡の中に帰ってきた。
行くときは背中を向けてもらったけど、帰りはメーリアとのキスシーンをがっつり見られてしまったよ。
今回は感謝を込めてキスしたので、いつものキスとは少し違う。
メーリアを抱き寄せ、頭に手を回してキスをしている。
それを見られてしまったわけだ。
「なんかロマンティック……」
アインにそう評されて、メーリアは真っ赤になっていた。
まあ、俺がそうしたんだけどさ。
俺は躍起になって、話を変えようと大きな声でみんなに伝える。
「釣竿を持ってきたぞ。大物を釣りあげよう!」
ついでに明日の幸せも釣り上げるぞ。
竿は慣れている俺が持ち、反射神経のよいリンリにはタモ(網)を持ってもらった。
水から上がると魚は浮力を失って重くなる。
そうなればまた糸が切れてしまうかもしれない。
だから、大物が釣れたときはタモが必要になるのだ。
先ほどと同じチキンを釣り針につけて水の中に落とした。
おもりがついているので仕掛けはぐんぐんと水の中に沈んでいく。
思ったとおり釣り堀天ちゃんはかなり深いようだ。
釣り糸は10メートルごとに色が変わるので大体の水深はわかる。
糸はぐんぐんと伸びていき、およそ30メートルのところで止まった。
底がとれたポイントで俺は少し糸を巻き上げる。
「よし、ここでしばらく待ってみよう」
隊員たちは一言も発せずに水面を凝視している。
ほどなく、俺は強い引きを感じてタイミングを合わせた。
「うおっ、今回の引きも強いぞ」
またまた大物がかかったようだ。
カーボン製の竿は大いにしなり、手はブルブルと震えている。
俺は魚を逃がさないように慎重に巻き上げていく。
そうやってしばらく魚と格闘しているとタモを持ったリンリが叫んだ。
「魚影を確認!」
かなり大きな魚が浅いところで暴れている。
現時点で種類まではわからないが青魚の一種のようだ。
「もう少しだ。リンリ、頭の方から狙って魚が網の中へ入るようにすくうんだ」
「了解! 臨戦態勢のまま待機します!」
長い格闘の末、俺たちが釣り上げたのは60センチメートルのカンパチだった。
池なのにやっぱり釣れたのは海の魚だった。
天空王、あんたのすごさは認めるよ。
まさか遺跡の釣り堀でこんな魚を釣りあげられるとは思わなかったぜ。
魚に逃げられないよう、俺たちは池から少し離れて検分した。
「大きな魚ですね。どうやって調理しましょうか?」
料理に目覚めたアインが嬉しそうに聞いてきた。
「こいつはカンパチという名前の魚だ。これの美味しい食べ方といえば、やっぱり刺身だろうな」
「刺身?」
「切り身にして生のまま醤油につけて食べるんだよ」
「生でぇ……?」
アインに限らず、他の隊員たちも驚いた顔をしていた。
グローブナ地方はそのほとんどが内陸部である。
よって海の魚なんて食べたことがないだろうし、ましてや生魚など食べない地方なのだ。
「いや、美味いんだって。騙されたと思って一回試してくれよ」
鮮度が落ちないよう、俺はその場でカンパチをしめて、クーラーボックスへ入れた。
これで美味しい刺身が食べられるだろう。
それにしても立派なカンパチである。
義父さんも釣りが好きなので、これを見せたらびっくりするだろう。
しかも、義父さんは魚のお造りが上手だ。
明日は休日だから両親ともに家にいるはずである。
日本へ帰って、義父さんにさばいてもらい、ついでにお裾分けすることにしよう。
それに、醤油はあるけどワサビがない。
ついでだからワサビも買ってくることにした。
翌日、俺とファーミンはカンパチを持って日本へ転移した。
クーラーボックスから取り出したカンパチを見て、義父さん目を丸くしている。
そして、我がことのように喜んでくれた。
「これは大物だ。やったな、イツキ君」
「向こうの世界には、すごくいい釣りポイントがあるんですよ。せっかくだから刺身で食べたいんだけど、さばいてもらえませんか」
義父さんは快く了承してくれ、自分の包丁一式を出してきた。
出刃、柳葉など、これらの道具は義父さんこだわりの品々だ。
「悪いんだけど、刺身を作ってもらっている間にワサビを買いに行きたいんだ。せっかくだから本物をおろして使おうと思って」
「行っといで。スーパーマルヤスなら本わさびを売っているはずだから」
「わかった。それじゃあ行ってくるよ」
お願いして出かけようとした俺をファーミンが引き留めた。
「待て、イツキ。その前にカンパチを鑑定しよう」
そうだった。
異世界転移のチートには逆パターンもある。
あちらの世界から日本へ来る場合でも特殊能力がつくことがあるのだ。
そのために今日はファーミンに来てもらっていた。
「うっかりしていたよ。ファーミン、頼む」
鑑定の結果、これは単なる美味なカンパチとわかり、俺たちは安心した。
「俺たちだけじゃ食べきれないから、義父さんと母さんの分も取り分けてね」
「ありがたく、ごちそうになるよ」
刺身を義父さんに任せて、俺たちはワサビを買いにでかけた。
スーパーマルヤスでは、ワサビの他に美味しそうな日本酒も二本買った。
一本は俺たちの分。
もう一本は両親へのお土産だ。
ここはもともとが酒屋さんだったので、めずらしい日本酒を多く取り揃えているのだ。
そうやって買い物を済ませて戻ってくると刺身ができていた。
鮮やかな大皿には刺身だけでなくツマもきちんと飾られている。
まるで料亭のお造りのようだ。
「ずいぶんと豪華にしてくれたんだね」
「砦のみんなにふるまうんだろう? これくらいはしなくっちゃ」
「ありがとう。お皿は後日返しに来るから」
「これはイツキ君へのプレゼントだよ。向こうで使うといい」
俺は義父さんによくお礼を言って、砦へと帰った。
刺身を目の前にしたみんなの反応は微妙だった。
料理好きのアインも手を出しあぐねている。
「お醤油は好きですが、生の魚はさすがにちょっと……」
「無理強いはしないけど、本当に美味しいんだぜ」
「私はいただいてみようかな」
そう言ったのは食いしん坊のオートレイである。
「ぜひ食べてみてくれ!」
俺としては先陣を切ってくれるオートレイがかわいくて仕方がない。
皿を引き寄せ、小皿に醤油を注いでやった。
「どうぞ、召し上がれ」
「えへへ、ありがとうございます」
箸を器用に使ってオートレイは刺身をつまみ上げた。
ワサビは使わず、まずは醤油だけをつけて食べるようだ。
「美味しい! ぜんぜん生臭くないです」
「そうだろっ! たくさんあるからいっぱい食べてくれよ」
「はーい、いただきます!」
オートレイは二切れ目をとり嬉しそうに食べている。
美味しそうに食べるオートレイはかわいいよなあ。
よしよし、俺も食べてみるかな。
「あれ……?」
刺身を食べていたオートレイが変な声を出した。
「骨でも残っていたか?」
「そうではなく、体が……」
言っている途中からオートレイの体が光りだした。
そしてあっという間に服が消え、全身裸になってしまう。
しかも、下半身は魚じゃないか!
これは……人魚……?
「どうなっている? 鑑定では特殊効果はなかったはずなのに」
「もう一度鑑定してみる」
ファーミンはすぐにカンパチの刺身を鑑定した。
「なんてことだ……。先ほどはなかった特殊効果がついている。これを食べると人魚になって水中を自由に泳げるそうだ」
「はあ? でも、さっきはそんな効果……」
「おそらく、転移を往復したせいだろう」
あまりないことだが、それで特殊効果が付くこともあるようだ。
オートレイはおっぱいを隠しもせずに涙ぐんでいる。
「隊長、この姿のままじゃ隊長との初夜が迎えられません! どうしましょう?」
俺も人魚とのエッチの仕方はわからない。
下半身が魚だもんなあ……って、言っている場合か!
「ファーミン、なんとかならないのか?」
「安心しろ、この効果の持続時間は三十分だけだ」
それを聞いてオートレイは安堵のため息を漏らした。
「よかった。せっかくなので、もう少しお刺身が食べたいです!」
巨乳マーメイドは食欲全開かよ!?
「でも、この姿だと椅子に座れません。うまく食べられないです」
下半身が魚になったオートレイは床に横座りしているのだ。
片手で体重を支えているので、姿勢を保つのも難しいだろう。
おっぱいを隠すのも……。
「ほら、俺が食べさせてやるよ」
刺身を食べさせながらオートレイのマーメイド姿を目に焼き付けたのは内緒だ。
「オートレイばっかりずるい!」
そう叫びながらアインも刺身を口に入れた。
「美味しい!」
美食家のアインのこの一言で他の隊員たちやファーミンも次々とカンパチを食べだしたぞ。
そして次々と人魚へと姿を変えていく。
うわぁ……。七人のマーメイドが俺を見て微笑んでいるぞ。
って、なんでみんな胸を隠さないんだよ!
まったくもって、けしからん光景だ。
その後、俺は裸の人魚一人ひとりに刺身を食べさせて回るのだった。
このお話がおもしろかったら、ブックマークや★での応援をよろしくお願いします!




