危険なチート
鑑定を再開したファーミンだったが、特殊効果をもつアイテムはなかなか出てこなかった。
だが、本日の鑑定が終わることになってようやく、ファーミンが目を見開いた。
それは油性のサインペンを鑑定していたときだ。
レンブロ王国の民は自分のものを大事にする傾向が強い。
また、おのれの所有物をはっきりさせておきたい国民性を持っている。
砦の隊員たちもそれは同じで、似たような装備を持つ場合は糸などで名前を縫い取りするのが常だ。
それでもいいのだが、いちいち縫うのは面倒だろうとサインペンを買ってきたのだが、このアイテムに特殊効果がついたようだ。
「…………」
ファーミンは無言のまま鑑定を続けているが、その表情からサインペンの能力が尋常ではないことがうかがい知れた。
「イツキ、これはとんでもないぞ。今日いちばんのアイテムかもしれん」
「説明を聞こうか」
ファーミンは背筋を正してサインペンの効果について教えてくれた。
「このサインペンでアイテムに名前を書くと、所有者以外は使えなくなってしまうのだ。 しかも、ペンの文字が薄れるまで百年はかかる」
「それは、どんなものでも、なのか?」
「うむ。名前が書けるものならなんでもいい」
「たとえば、俺が聖剣に名前を書いたら?」
「イツキ以外の者は使えない。それどころか、イツキが王城に名前を書いたとする。そうすると、イツキが許可したものしか城を使えなくなるのだ」
とんでもないアイテムが出てきたな。
「じゃあ、この砦に俺が名前を書いたら?」
「とうぜん、イツキとイツキが許した者しか入れない」
ちょっと試してみるか。
俺は特殊効果のなかったヘッドランプに名前を書くことにした。
ゴムバンドで頭に装着する普通のヘッドランプである。
香取 樹
「これでいいのか?」
とりあえず自分で装備してみたが、なんの問題もなかった。
「俺がつける分には変化はないな。誰か試してみてくれ」
「実験ならばお任せください」
前に出たのはディカッサだ。
ディカッサは俺からヘッドランプを受け取ると、同じように頭へ装着しようとした。
ところが、なにをどうしても装備できない。
ゴムバンドを思いっきり引っ張って頭にとめようとするのだが、すっぽ抜けてしまうのだ。
「これは無理です」
ディカッサに続いてメーリアもやってみたけど、結果は同じだった。
ディカッサが俺に進言してくる。
「隊長、砦にお名前をお書きください。そうすれば防御結界になりますよ」
「なるほど、それはいいアイデアだ。やってみるか」
俺はかたわらで寝ていたトラを抱き上げた。
そして、全員で連れだって砦の外へ出る。
「ここに書いておけばいいのかな?」
俺は城壁に自分の名前を書いていく。
そういえば昔、中学校の校舎に自分の名前を書いていく卒業生がいたなあ。
なんだか、それを思い出してしまったぞ。
「よし、入ってみるか」
俺は一人で城門から中に入ってみる。
「みんなも来てくれ」
ところが、俺以外の人間と猫は誰一人中に入ってくることができない。
肩で息をしながらメーリアが報告する。
「ダメです、どうやっても入ることができません」
「隊長、魔法攻撃の許可をください」
ディカッサが手に魔力を込めながら聞いてきた。
「やってみろ。ディカッサだけでなくファーミンも攻撃してみてくれ。オートレイは穴を掘って侵入できるか試してみるんだ」
隊員たちは魔法を使って砦を破壊、侵入を試みるが、すべての魔法が砦の直前でかき消されてしまった。
巨大化したトラが壁をよじ登ろうとしたけど、それすらできないようだ。
「ん~、つめがひっかからない……」
自分の魔法がキャンセルされたというのにディカッサは手を叩いて喜んでいる。
「すごいです! 我々は無敵の砦を手に入れてしまいましたよ」
「そのようだな。では、次はみんなが中に入れるようにしてみるよ」
心の中で念じて、隊員たちとファーミン、トラに許可を与えてみた。
「よし、入ってみてくれ」
真っ先にトラが走り出し、なんの障壁にも当たらずに俺のところまでやってきた。
「とおれた。にいちゃ、だっこ」
トラが通れたのを見て隊員たちも駆け寄ってくる。
「これは本当にとんでもないものを手に入れてしまったな」
この調子なら百万の軍隊に囲まれても、ここは落城しないかもしれない。
アインが俺の腕に抱き着いて甘えてくる。
「さすがは隊長ですわぁ♡」
「俺がすごいんじゃなくて、このサインペンがすごいだけだけどな」
しかもこれ、百円(税込み)だったんだよね……。
突然、俺にしがみついていたアインが服をめくってお腹を出してきた。
かわいらしい丸いお腹が丸見えである。
アインはなにをやっているんだ?
「隊長、どうぞお名前をお書きになって」
「はっ?」
「イツキ・カトリ、とここに。なんならイツキ・カトリ専用でもいいですわぁ……」
妖しい目つきをしながら、アインは自分の腹を人差し指でなでた。
「そんなことできるかっ!」
「だって、隊長はいつか私たちを花嫁として迎えてくれるんですよね?」
「そうだけど、それとこれとは話が別!」
そんなことをすれば、なにが起こるかわからない。
それに、百年も人を縛り付けるなんて俺にはできないよ。
そりゃあ、黒い誘惑にかられて書きたい気持ちだって少しはある。
だが、現実にそれをやったらだめだと思う。
不意にオートレイが手を挙げた。
「どうした?」
「あの、逆もあり得ますよね。誰かが隊長に自分の名前を書いたら、隊長はその人だけのものになってしまうのでは……」
「その通りだな」
隊員たちとファーミンの間で複数の視線が飛び交った。
誰かが抜け駆けしないかという猜疑が働いているようだ。
やはり、これはたいへん危険なものだな。
まんがいち悪人の手にでも渡ったら取り返しのつかないことになる。
俺はサインペンを地面に置き、厳しい口調で命じた。
「ディカッサ、火炎魔法でこのサインペンを焼き尽くせ!」
「はっ!」
ディカッサは命令に逆らうことなく、サインペンに火をつけた。
彼女もこれの危険性はわかったのだろう。
転移チートは便利だけど、たまにとんでもなく危険なものが紛れ込む。
これからも気をつけないといけないな、と肝に銘じた。
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