逆パターン
入り口を塞いでいた石をどかし、俺たちは地下遺跡に入った。
ここは完全に封鎖していたので、やって来るのは久しぶりのことだ。
きちんと調査しなくてはならないとは思っていたのだが、監察騒ぎのごたごたで後回しになっている。
それに、奥へと続く金属製の扉には古代魔法言語が書かれている。
注意書きかもしれないので先に解読してから扉を開けるべきだろう。
「といっても、俺には読めないんだけどな」
すぐ横で興味深くディカッサも扉を眺めている。
「残念ながらそれは私も同じです。神官さまに頼むしかありませんね」
「いや、ファーミンも古代魔法言語は得意じゃないそうだ。だからといって、ここに専門家は呼ぶわけにはいかないもんなあ」
情報の拡散は防ぎたい。
「それでは辞書を買いにいってはいかがでしょうか?」
「なるほど、辞書があれば翻訳は可能か」
「ロッカスなら売っていると思います。たとえ販売されていなくても、神官さまを頼れば神殿で貸してもらえますよ」
「それがよさそうだな」
遺跡の調査はファーミンが帰ってきてからにしようと決めて、俺たちは荷物を戻すのに精を出した。
地下に隠した品物をすべて戻すのに、夜までかかってしまった。
作業が終わるころには全員がクタクタで、なにをするのも嫌になっていた。
「これですべてですね。では、夕飯の支度をしましょう。みんな、立ちなさい」
生真面目なメーリアが指示を出そうとするのを俺は止めた。
「いや、もう少し休ませてやろう。みんな頑張ったからな」
「でも、夕飯が遅れてしまいますよ」
時間も時間なので全員が腹を空かせている。
おやつにアインが焼いたクッキーを食べたけれど、それだけではさすがに足りないもんな。
だが、あれは美味かった。
アインの料理の腕は日々上がっている。
とはいえ、体力のない治癒師に、いまから料理を作らせるのもかわいそうだ。
「よし、今夜は外にご飯を食べにいくぞ」
「レビン村に食事を出す店なんてありませんよ。まさか、ロッカスまで行くつもりですか?」
「ちがう、ちがう。いくのは、日本だよ」
「異世界転移!」
「みんな頑張ったからご褒美だ。今日は日本のレストランを体験しよう!」
こう宣言すると、隊員たちは大喜びで着替えに行った。
俺と隊員とトラは自動車に乗り込んだ。
大型のクロスカントリ―なら全員が乗れるし、そのまま移動ができて苦労がない。
今日はリンリとキスをして異世界転移をしたのだが、サービスで腹を軽く小突いたらとても喜んでいた……。
他の隊員には聞こえないささやき声で、
「ジンジンします……」
と言っていた。
本当に人の嗜好は千差万別だと思った。
日本に戻るとトラが真っ先に車から降りた。
「かあちゃに、だっこ!」
そう言うなり、巨大化して自分でチャイムを押しているではないか。
「トラ! こっちで巨大化したらダメって約束しただろう」
「ん~、そうだった……」
賢いのはいいけど、人目を気にしないのは困るなあ。
チャイムが鳴ったので母さんが玄関に出てきた。
「かあちゃ、ただいまっ!」
「あら、あら、トラ」
元のサイズに戻ったトラは母さんの胸に飛びつき顔をスリスリして甘えている。
こういうところは猫のままだ。
「お帰り、樹。今日は皆さんがそろっているのね」
「今日はずっと忙しかったから、これから夕食なんだよ。ちょっと行ってくる」
すぐに出発しようと思ったのだが、アインに止められた。
「少々、お待ちください。お義父さまとお義母さまにクッキーを焼いてきましたので」
俺たちがおやつに食べたあれだな。
いい出来だったから、きっと母さんも義父さんも喜ぶだろう。
ところが、アインは持参した手作りクッキーを渡そうとして固まってしまった。
「どうした、アイン?」
「た、隊長、クッキーの形状が変わっています」
「なんだって? って、本当だ……」
アインが持つ皿の上には星型のクッキーがたくさんのっている。
だが、俺たちがおやつに食べたのは丸型のクッキーだったはずだ。
「これも異世界転移によるチート付与か……?」
日本から行くときだけじゃなく、あちらから日本へ来るときにも起こりうるということのようだ。
これまでは目立った変化がなくて気がつかなかったけど、そういうこともあるのだろう。
異世界チートの逆パターンとは驚いたぞ。
「アイン、せっかく作ってくれたけど、これはファーミンに鑑定してもらってからの方がいい」
「そうですわね、残念ですが……」
両親のためにクッキーを焼いてくれたアインには悪いが、マイナス効果の場合もある。
また、とんでもない怪力を母さんが身につけるようなことになれば、それはそれで戸惑うと思うのだ。
「いったいどうしたの?」
母さんはわけがわからないという顔をしている。
「悪いけど、お土産はまた今度な。これは持って帰らなければならなくなった」
「あら、残念ねえ。でも、お気持ちだけは受け取っておくわね。アインさん、ありがとうございます」
母さんにお礼を言われてアインは嬉しそうだった。
「そうだ、クッキーを持ち帰るのなら空き缶を持っていきなさい。乾燥剤も入っているから」
母さんは一度奥に引っ込んで、大きなお菓子の空き缶を持って戻ってきた。
せっかくのクッキーが湿気るといけないので、さっそく詰め替えてしまおう。
それにしても、このクッキーにいったいどんな効果があるのか早く知りたいものだ。
ファーミンはいまごろなにをしているのだろう?
予定ではそろそろ帰ってくるはずなのだが……。
「隊長、お腹が空きました……」
リンリのお腹がクークーとかわいい悲鳴を上げた。
代謝のいい彼女はすぐにお腹が減ってしまうのだ。
「すまん、すぐに出かけよう」
俺たちは母さんに別れを告げ、再び自動車に乗り込むのだった。
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