運気よ上がれ
全員で食堂に集まり、とれたてのメロンを食べながら今後のことを決めた。
ファーミンがメロンを献上するにあたり、俺たちは嘘のシナリオをつくることにしたのだ。
そうでなければ、いろいろと面倒なことになりそうだと考えたからである。
この国境を守りながら、のんびりと暮らすというのが俺の理想だ。
それはファーミンもわかっているので、素直に真実を話すことはしない。
それらしい、物語をでっち上げればよいだけである。
俺は段取りをファーミンに話していく。
「マスクメロンは討伐した魔物が持っていたことにしよう」
「なるほど、あり得ることだな。魔物がレアアイテムを持っている事例は多い」
「そういうことだ。で、なんだか得体のしれないフルーツを手に入れた俺たちは、《《たまたま》》レビン村に来ていたクロウ神官にこれが何かを聞きに行くというわけだ」
「そこで私が鑑定をして、とんでもないアイテムだったということがわかるのだな」
「そういうこと」
俺はマスクメロンの一切れを口に放り込んだ。
芳醇な香りと甘みが口いっぱいに広がり、俺の心をも満たしていく。
気分は爽やかで、体だって軽くなったように感じる。
これの特殊効果は無病息災らしいが、それが嘘じゃないのがよくわかった。
「ところで、ファーミンはこれを献上してどうするつもりだ? 悪いようにはしないと言っていたけど」
「そのことだがな、私はイツキを騎士に推薦するつもりだ。神殿からもそのように働きかけてもらう」
「騎士……?」
「領地付きの騎士だよ」
「そういうことか!」
俺が軍人である限り、移動命令があれば即座に従わなくてはならない。
だが、領地を持つ騎士となれば話は少々変わってくる。
騎士も軍人であることに変わりはないのだが、自分の領土を取り上げられることはめったにないのだ。
「ファーミンは、俺がこの砦の騎士になるように働きかけてくれるんだな?」
「そのとおりだ。こんな辺境の領土を欲しがる者はいない。案外、すんなりと要求は通ると思う」
「でも、そんなことが可能なのか?」
「これでも私は退魔庁に所属しているのだぞ。特別なルートもある」
「なるほどな……」
これは悪くない話だ。
普通なら新領土につきものの開拓という問題があるが、俺には関係ない。
領民なんていらないし、足りないものがあれば日本で買って来ればいいだけの話である。
開拓をするならするで、重機を運んでくればことは足りる。
「よくわかったよ。それじゃあ、その方向でよろしく頼む」
アインが偉そうに腕を組んでうなずいている。
「天空王としての第一歩ですね! 私も頑張らなくちゃ」
「そうだな。ここに治癒師はアインしかいない。頼りにしているぞ」
「お任せください。私が隊長の隅から隅まで癒してさしあげますからぁ♡」
マスクメロン献上のシナリオも決まり、ファーミンは翌日に王都へ向けて旅立つことになった。
俺とファーミンを乗せた車はレビン村の手前まで来ていた。
車は時速20キロメートルほどのスピードでユルユルと田舎道を進んでいる。
対向車はもちろんなく、人の気配さえ皆無だ。
俺たちの目の前には無人の荒野が広がっているだけだった。
「ファーミン、そろそろレビン村に……うっ……」
「うむ。だったら急げ……」
ファーミンは助手席に座り、運転をする俺の太ももの間に顔を埋めていた。
快感にクラクラしながら、俺は必死にハンドルを握っている。
事の始まりは十分ほど前、隊員たちに見送られて出発した直後のことだった。
いきなりファーミンが俺のアソコに手を伸ばしてきたのだ。
「ファーミン?」
「私の能力は知っているだろう? 私がいない間のイツキが心配なのだ。少しでもイツキの運気を上げておく」
そんなことを言いながらファーミンは俺の軍服の前をあけ、ためらいなくあそこを口に含んだのだった。
一度一線を越えてからのファーミンは驚くほど大胆である。
なんだかんだと理由を付けて、毎日のように俺とこういうことをしようとするのだ。
神官は結合が禁じられているので、その経験はまだない。
だが、お互いに慰め合う行為に二人してハマりきっていたことは否定できなかった。
「ファーミン、そろそろ……」
「遠慮するな……このままイってしまえ……」
「うっ!」
フィニッシュとばかりにファーミンが刺激を強くし、俺は彼女の口の中で果ててしまった。
ハンカチで口元を拭うファーミンを横目で見ながら、俺たちはいつまでこんな関係なのだろうと考えてしまう。
だいたい、俺とファーミンの関係とはどういうものなのだろうか?
同じ地方に赴任している隊長と神官? 友人? 恋人?
そのどれもが当てはまるようでまた、なにかが微妙に違う気もした。
神官は結婚できない。
ファーミンは将来、俺とどのような関係を築こうとしているのだろう?
俺はファーミンにずっとそばにいてほしいと考えている。
だが旅立ちのときに、その話題を切り出すのもおかしいか……。
言葉に詰まる俺の目の前にレビン村の鐘楼が見えてきた。
俺は車を止めてファーミンを抱き寄せた。
砦から離れればキスをしても異世界へ行ってしまう心配はない。
自分でもあきれるほど長い口づけを交わしてから、俺は車を発進させた。
馬に乗って旅立つファーミンを見送ってから、俺は村長さんの家へ向かった。
ついでだから本部へ送る報告書を村長さんに預けておこうと考えたのだ。
村長さんは俺の顔を見ると喜んで家へ引き入れ、お茶の準備をしてくれた。
「実はこちらから隊長さんのところへ行こうと思っていたんです」
「ほう、なにかありましたかな?」
人のいい村長さんはいつも俺を歓迎してくれるけど、砦に遊びに来たことはない。
いつも世話になっているのだから、ご夫婦でご飯に招待してもいいくらいだ。
「実はお耳に入れておいた方がよさそうな情報を仕入れまして……」
村長さんはソワソワしながらお茶を淹れてくれた。
お茶請けにベリーの砂糖漬けも出してくれている。
「私の耳にですか?」
「本当は言ってはならないことですが、隊長さんにはとてもお世話になっていますからな」
村長さんは当たりを憚るように体を寄せて声を落とした。
「実は、この地方を監察官さまが巡回中らしいのです」
「なんですって!」
監察官は大きな権限を持った軍人だ。
俺たちの砦のような地方の施設を巡り、軍務がきちんと遂行されているか、不正はないかなどを調べる役職である。
これは少々困ったことになった……。
もちろん俺たちは軍務を疎かにしたり、不正をしたりなどの後ろ暗いところはまったくない。
だが、異世界から持ち込んだ品々を見られるのはまずいのだ。
下手をすれば取り上げられてしまうし、どこから手に入れたかを尋問されるだろう。
見つかるのはいろいろ面倒そうである。
「隊長さん、大丈夫ですか?」
心配そうな村長さんの前で、俺は平静を装った。
「な~に、問題はありませんよ。我々はきちんとやっていますから。監察官殿がやってきても、特に注意は受けないでしょう」
「そうですな。みなさんは欠かさず見回りをしてくれるし、魔物が出れば退治もしてくれました。聞かれれば、私もきちんと証言いたしますからな!」
村長さんの家をでると、俺は来たときよりもずっとスピードを上げて砦に戻った。
もちろん、みんなで早急に対策を考えるためだ。
おかしいなあ、ファーミンはあんなに献身的に俺の運気を上げてくれたはずなのに、どうしてこんなトラブルに巻き込まれるのだろう?
いや、ファーミンが運気を上げてくれたおかげで、事前に監察官の情報を得ることができたんだな。
きっとそうに違いない。
帰ってきたら、きちんとお礼をしないとな……。
日本から持ってきたアイテムをどこへ隠そうか考えなければならないのだが、俺の頭に浮かんでくるのはファーミンのことばかりだった。
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