たわわに実る
季節は夏へと移りつつあった。
北の大地も日差しが強くなっているので、畑仕事は早朝に行われる。
「フン、フン、フーン♪」
鼻歌を歌いながら熱心にイチゴの世話をしているのはオートレイだ。
日本から買ってきたイチゴのショートケーキに感動して、それをアインと再現することが当面の目標らしい。
肉体労働が苦手なアインも率先して雑草を抜いているくらいだ。
たしかにあのケーキは美味しかった。
異世界転移による特殊チートはなかったけど、みんなが幸せな気分にひたれたもんなあ。
「次回はすてきなティーセットでも買ってきて、みんなでアフタヌーンティーを楽しむのもありだな」
そう告げると、オートレイは瞳を輝かせた。
「まるで貴族のようですね!」
それを聞いてアインが黙ってはいない。
「なにを言っているの。隊長は天空王になられる方よ。貴族なんて目じゃないわ」
また伝説の王様かよ。
「いやいや、俺には関係のない人だって」
「そんなことありませんわ。隊長はすばらしい人ですもの。きっとこの地を楽園にしてくれると信じています」
そんなのには興味がないんだけどなあ……。
「俺は自分の生活が充実していればそれでじゅうぶんなんだ。この地に王道楽土を築くなんてありえないさ。せいぜい、この砦を住みやすくするだけだな」
メーリアが心配そうに俺を見る。
「私はずっとこの砦にいてもいいのですか?」
「当たり前だろう。君は副長だぞ。しっかりと俺を支えてくれないと困る」
「隊長……」
「みんなもそうだ。いつまでも仲良くやっていこう」
みんなは嬉しそうにうなずいていたが、ファーミンが心配そうに聞いてきた。
「だが、移動命令がでたらどうする?」
「それなんだよなあ……」
俺たちは軍人であるからして、命令があれば無視はできない。
だが、いまのところ転移はこの砦の中でのみ可能だ。
ここを離れてしまえばアイテムを持ってくることはできなくなってしまう。
「とはいえ、ここは忘れ去られた辺境の砦だ。賄賂付きの嘆願書でも出さない限り、左遷された俺たちをわざわざ呼び戻すなんてことは考えにくい」
「それでもなにがあるかわからないのが世の中だぞ」
ファーミンの心配はもっともだったが、回避するための上手い手立ても、いまは思いつかなかった。
「そうなったときの策はおいおい考えていくさ。とにかくいまは作業を終わらせよう」
もっと落ち着いてから対策を立てようと考えて農作業を続けたのだが、そんな俺の目の前で突然メロンが輝きだした。
「なにごとだ!?」
光っているのは俺が日本から買ってきたマスクメロンの苗である。
高級フルーツの代名詞ともいえるマスクメロンだが、非常にデリケートで、普通なら温度と湿度が徹底管理された温室でないと品質の良いものは育たないらしい。
まあ、俺はそんなことは知らず、ただメロンをたくさん食べたいという思いだけで苗を買ってきてしまっていた。
本来なら畑で育ててもいい結果は出なかったのだろうが、さいわいにも異世界転移チートが発動し、やたらと丈夫な苗になってしまったのだ。
結果、このような露地栽培でも元気に育っている。
いま、そのメロンが突如輝きだし、ツルがグングンと伸び、葉は大きくなり、小さな実がどんどん膨らんでいるのだ。
苗を植えてからまだ十日くらいだから、普通ならありえないことである。
「隊長、これはどうなっているのですか?」
腰を抜かしたオートレイが俺の腕にしがみついた。
そうでないと驚きで立っていられないのだろう。
こちらにも立派なマスクメロンが実っているな……。
たわわな果実に挟まれて、俺もうっとりと……している場合じゃない!
あれよあれよという間にマスクメロンは大きくなり、収穫のときを迎えてしまった。
「やっぱりこれも転移チートだよな……」
そうじゃなくては説明がつかない。
それにしたって、ずっしりと重たいメロンである。
香りも強く、実の一つひとつがただものじゃない感を醸しだしている。
「ファーミン、メロンを鑑定してくれないか?」
「心得た」
すぐにファーミンは鑑定に取り掛かってくれ、その結果、驚くべきことが判明した。
「三年間の無病息災?」
「この実を一つ食せば病気知らずで、健やかに三年を暮らせるそうだ。しかも味は極上で非常に美味とある」
それは素晴らしい。
「よ~し、さっそく昼飯のデザートとしてみんなで食べよう!」
だが、そう提案する俺をみんなはぽかんと見ている。
「どうした?」
「いや、聞いていなかったのか? これはすごい果物なのだぞ」
西遊記に出てくる西王母の桃や人参果、ギリシャ神話のネクタルなんかには劣るかもしれないけど、非常に価値のある果物だということはわかっている。
「それは聞いたよ。だからこそみんなで食べればいいじゃないか」
「それはそうだが、一つくらい国王陛下や大神官長猊下に献上してもいいんじゃなかろうか?」
「え~……」
マスクメロンは全部で十六個も実ったので、俺たちが二個ずつ食べても二個余る。
だったらその二人に分けてやってもいいけど……。
「私は例の古代魔法言語を翻訳してもらうために、一度王都に帰るつもりなんだ。そのついでにミズキからということで献上してくるよ。けっして悪いようにはしないから」
「う~ん……、まあ、ディカッサがそう言うならいいか。だけど、二個だけだぞ。あとはみんなで食べるんだからな」
お偉方の覚えがめでたくなるより、俺はみんなの楽しみを優先したいのだ。
それにしても畑には夢があるな。
これからもいろんな作物を作って実験してみるとしよう。
次は果樹を植えるのもいいな。
俺、ビワとかナシとかサクランボとかが大好きなんだよね。
もっとも、そのためには畑をもう少し広げる必要がある。
頭の中でいろいろと計画を立てながら、俺は重たいマスクメロンを収穫した。
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