ファーミンの能力
ファーミンの呪いを解いた次の日の朝。
隊長室で本日の予定を立てていると、ファーミンが呼びに来た。
「イツキ、朝食の用意ができたぞ」
「ありがとう、すぐに行くよ」
きっと今日はレビン村に行くからだろう、ファーミンは神官服をかっちりと着こみ、服装に乱れはない。
どこからどう見たってまじめな女神官に見える。
悪いうわさが立っているから、朴訥な村人を怖がらせないよう、服装くらいはしっかりしろと注意したのは他でもない俺だ。
だけど、昨日はこの部屋であられもない姿を見てしまったんだよなあ。
M字開脚に四つん這いまで、そりゃあもう……。
それなのに今日は真面目な神官服姿。
そのギャップに俺の心は千々に乱れた。
「なにを考えている?」
顔には出していなかったつもりだったが、ファーミンは俺の心を読んだようだ。
「べつに……」
「イツキの考えていることなどお見通しだぞ」
うろたえる俺にファーミンはすっと身を寄せてきた。
ある一線を越えてから、俺たちの距離は近くなっている。
「どうせ、昨日の私の痴態を思い出していたのだろう? エッチな目をしているぞ」
「す、すまん」
隠しきれるものではないか。
「本当に男というのは愚かな生き物だな……」
「仕方がないじゃないか。まだ記憶が鮮明なんだぞ。俺のこと、嫌いになったか?」
「そんなわけない」
ファーミンはクックッと笑いながら顔を寄せてきた。
朝日を浴びてファーミンのくちびるはバラ色に光っている。
喜びをかみしめながら、俺はその唇にキスをした。
と、その瞬間に俺たちは日本へ転移していた。
「こ、ここはどこだ!?」
慌てるファーミンを俺は宥める。
「落ちつけ。俺とのキスが異世界転移を引き起こすことは説明しただろう?」
「異世界……転移……? ということは……私も異世界に?」
「そうだ。ファーミンも異世界転移できたんだよ!」
「私が異世界に……」
事情が呑み込めたファーミンははらはらと大粒の涙を流した。
「どうした、ファーミン?」
「うれしいのだ。本当はイツキと異世界へ行ける他の隊員たちが羨ましかったんだ。みんなに負けないくらいイツキを愛しているのに、どうして自分だけが転移できないのだろうと悔しい思いをしていたんだ」
そんな素振りはまったく見せなかったので俺はファーミンの気持ちに気づいてやれないでいた。
だが、ファーミンはわがままを言うような女性ではない。
そんなことは察してしかるべきだったのだ。
俺はますますファーミンが愛おしくなった。
「きっと呪いが解けたから異世界へ来られるようになったんじゃないかな? 俺もファーミンが転移できてうれしいよ」
ファーミンは窓から外の風景を眺めた。
「ここがイツキの故郷……」
「そうだよ。外へ行ってみるか?」
「いいのか?」
「ちょっとくらいはいいだろう。でも、あんまり長くはダメだぞ。隊員たちに知らせず出てきてしまったし、ファーミンは今日、レビン村にあいさつに行くんだから」
「そ、そうだったな」
初日から遅刻は心象を悪くしてしまう。
それはよろしくない。
「せめてお祝いにケーキを買って帰ろう。近所に美味しい店があるんだ」
「ケーキ……」
レンブロ王国のケーキというのはパウンドケーキ系の焼き菓子ばかりだ。
クリームとフルーツののったケーキを見たら、みんなびっくりするだろう。
「そうと決まればこの世界の服に着替えよう。神官服では目立ちすぎるからな」
「うむ」
おれは自分のジャージをファーミンに渡した。
ファーミンは身長があるので、俺の服を着てもさほど違和感はないだろう。
俺の実家の住宅街近辺を歩いただけだったけど、ファーミンは大興奮だった。
***
夕飯が終わると香取樹は早々に自室へ引っ込んでしまった。
この時間は女子たちの大事な語らいの時間とわかっていたからだ。
本日の女子会には五人の隊員の他に、女神官のファーミン・クロウの姿があった。
「天空の花嫁に会に新たな女性をむかえたことに、乾杯!」
アインが高々とティーカップを掲げ、他の隊員たちもそれに続く。
だが、そんな彼女たちを見てファーミンはやや戸惑っていた。
「天空の花嫁?」
状況を理解できていないファーミンにアインは説明した。
「神官さまは天空王の伝説をご存じないのですか?」
「天空王といえば、北方地方に伝わる伝説の王だな」
天空王伝説はグローブナ地方などの北方ではメジャーなのだが、王都までいくとそれほど有名ではない。
生まれも育ちも王都のファーミンなので、他の隊員たちよりは馴染みがなかったのである。
「私たちは隊長こそが天空王の生まれ変わりだと信じているのです」
「ほお、それはまたなんで?」
その質問には伝説に詳しいディカッサが答えた。
「天空王は異世界人だったと言われております。それに、天空王は妻たちに様々な力を与えたと伝えられています。すべて隊長と一緒ではないですか」
「つまり、君たちはイツキの花嫁になる気なのか?」
ファーミンのこの問いに隊員たちは同時にうなずいた。
そしてディカッサは続ける。
「それは神官さまも同じです。神官さまだって異世界転移をして不思議な力を授かったのでしょう?」
「うむ……」
「神官さまはどのような力を?」
「そ、それは……」
言い淀むファーミンを一同は訝しんだ。
「なにか言いにくいことでもあるのでしょうか?」
「うむ、その、なんというか……」
こまった表情のファーミンを副長のメーリアが励ます。
「私たちは同じ天空王の花嫁です。恥ずかしがることはなにもありませんよ。神官さまのチートをぜひ教えてください」
「う、うむ……。あげまんなのだ……」
「はっ?」
「だから、私の能力はあげまんと言うらしい」
「それはどういった……?」
「一緒にいる男の運気を上げることができる……らしい……」
隊員たちはワッと歓声をあげ、口々にファーミンを誉めそやした。
メーリアは手をとりファーミンに言う。
「恥ずかしがることなんてなにもありませんわ。むしろ羨ましいくらいです。神官さまがおそばにいれば、隊長の運気が上がるだなんて!」
「う、うむ……」
ファーミンは真っ赤になってうつむいていたが、これには理由があった。
あげまんはただでさえイツキの運気をあげるのだが、肉体的な交わりが強くなればその力はさらに強くなる。
本日、地球での株式相場は世界的に大幅な下げ傾向にあったのだが、イツキの保有する株はどれも大きなダメージを受けなかった。
これもファーミンの献身的な奉仕があったおかげと思われる。
自分がイツキを手と口で慰めたことがこのような結果を招いたなどと説明できず、ファーミンはただただ赤面するのだった。
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