ドレッシング
鑑定の結果、残念ながら洗濯機と洗濯洗剤に特殊な能力はなかった。
がっかりする俺の肩に手を置き、ファーミンは微笑んで見せる。
「アイテムはまだまだあるのだろう? どんどんやっていこう」
「そうだな。だったら、次は娯楽室のカーペットを頼む」
ペルシャ絨毯を模倣したそのカーペットはメーリアが日本で買ってくれた品物だ。
かつての検証では特殊性を見いだせなかったけど、きちんと鑑定すれば何かわかるかもしれない。
さっそくみてもらったところ、水を一滴こぼすだけで色や柄が変化することがわかった。
「これはおもしろいな」
指先の水を一滴垂らすだけで、絨毯の柄はコロコロと変化していく。
色と柄の組み合わせは無限のようだ。
だいたいの雰囲気を意識しながら水をこぼせば、こちらの意図を汲んだデザインになってくれるところもいい。
「気分や季節に合わせて変えられるのがいいよ。メーリア、素敵なものを買ってきてくれてありがとう」
「そんな、私はなにも……」
頬を赤く染めてはにかむメーリアだったが、自分が買ってきたアイテムに特殊能力があるとわかって嬉しそうだった。
これまでずっと、メーリアは自分の買い物が役立たずだったと考えて気に病んでいたのを俺は知っている。
そういう生真面目なところがメーリアにはあるのだ。
もっとおおらかに構えていてほしいものだが、こういうところがメーリアの可愛さでもある。
この調子でファーミンにはどんどん鑑定を依頼した。
ドライヤー、耕運機、自動車やバイクなどいろいろやってもらったが、いま俺たちが知っている以上の結果は得られなかった。
「なかなか当たりがありませんね」
アインが口をとがらせている。
「アイテムはいっぱいあるんだ。そのうち特殊効果を得たものだって見つかるさ」
なんて、のんびり構えていたら、トラのチールの中に当たりが一本混じっていた。
トラの大好きなホタテ味で、これを食べるとトラのパワーが倍増するらしい。
セーラーマンが食べるホウレンソウみたいなものだな。
「にいちゃ、おれ、たべたい!」
体をスリスリしながらトラがチールをねだる。
「それは強敵が現れたときにとっておこうよ」
「おれ、ほたて、いちばんすき」
「でもな、トラには俺がいないときにみんなを守ってもらいたいんだ。だから、もしものときのためにとっておいた方がいいと思うんだ」
「ん~……、おれ、ちきんでがまんする……」
「トラはいい子だな」
頭をコリコリしてやると、トラはうっとりと目を細めた。
午後は見回りと畑仕事をして、あっという間に夜がやってきた。
日本で食材を買いそろえてきたので本日の夕飯は俺が腕を振った。
隊員もファーミンも口をそろえて美味しいと褒めてくれたぞ。
で、食後にみんなでお茶を飲んでいたのだけど、とつぜんファーミンが俺の手を取った。
ファーミンはブルブルと震えていて様子がおかしい。
「どうした! 苦しいのか?」
ファーミンは目を見開いて俺の顔をじっと見ている。
ケドム中毒の発作が起こったのかもしれない。
だとしたら、可哀そうではあるが牢に入れるしかないだろう。
だが、ファーミンはゆっくりと首を振った。
「そうじゃない。まったくの逆だ……」
「逆とはどういうことだ? 苦しくないのか?」
「そうなのだ。まったくと言っていいほどケドムを吸いたいと思わないのだ。いったいなにがあったのだ?」
「いや、それは俺が聞きたいくらいだぞ」
ディカッサが手を挙げた。
「夕飯の影響ではないでしょうか? 本日の食材のほとんどが日本から運ばれたものです。食材のどれかがチート能力を発揮したと考えられます」
言われてみればそのとおりだ。
「えーと、夕飯は……」
田村屋(実家近くの肉屋)の牛肉コロッケ三個。
杵屋(実家近くのパン屋)の丸パン。
マッシュルームのクリームスープ。
マッシュルームはリンリが山で見つけてきたものだし、牛乳もレビン村でもらったものだからこれが原因ではないだろう。
それから、トマトとオニオンスライスのサラダ。
玉ねぎは軍からの配給品だけど、トマトは日本で買ってきたものだな。
あとドレッシングも日本で買ってきている。
おそらく、この中のどれかが薬物中毒を中和してしまったにちがいない。
「どれが効いたのか食材を鑑定したい」
「と言われても、コロッケやパンは全部食べてしまったぞ。トマトも残っていないからなあ」
「いや、食器に残っているわずかな痕跡でも鑑定は可能だ」
ディカッサはいつもより多量の魔力を消費して鑑定をはじめた。
その結果、俺が買ってきたドレッシングに薬物依存を中和する効果があるとわかった。
「これは……すごい発見だぞ……」
魔力切れで今にも倒れそうだがファーミンだったが、その顔は晴れ晴れとしていた。
「まさか、ピエール・ドレッシングにこんな効果があるとは思わなかったよ」
美味しいだけじゃなかったんだな。
「イツキ、すまないが私をこのまま牢まで運んでくれないか? 魔力切れでもう歩くことができないんだ」
「それくらいどうってことないさ」
俺はファーミンの脚と背中に手をまわして持ち上げた。
お姫さまだっこならぬ、神官さまだっこだな。
「不思議なものだ。ヒリつくような渇望がきれいに消えている」
「もうケドムは欲しくないんだな?」
「ああ、いまはイツキが欲しいだけだ……」
俺の腕に抱かれつつ、他の隊員たちには聞こえないくらいの声量でファーミンはそうつぶやいた。
薬物依存がとけて、緊張がほぐれたからこんな軽口をたたくのだろう。
俺も大きな荷物を肩から降ろしたような、楽な気持ちになった。
自分が慕う人が苦しんでいるのは辛いものだからな。
だが、ファーミンにはまだ呪いが残っている。
明日届くお祓いグッズが効いてくれればいいのだが……。
ぐったりとしつつ、俺の胸に顔をうずめるファーミンを牢まで運んだ。
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