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のんびり国境警備隊 ~異世界で辺境にとばされたけど、左遷先はハーレム小隊の隊長でした。日本へも帰れるようになった!  作者: 長野文三郎
第二部

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オキシトシンとエンドルフィン


 それは、くちびるとくちびるを軽く触れ合わせるような礼儀正しいキスだった。

 初々しい恋人同士が手探りで交わすようなキスと言ってもいい。

 そんなキスを三秒ほど続けたのに異世界転移は起こらなかった。

 どういうわけか、転移発動の力が強引に遮断されたような妙な違和感があっただけだ。


「転移しませんね」


 いつの間にやら振り向いていたディカッサが俺たちのキスを確認している。


「見るなと言っただろう?」

「まあそう怒らずに今の事態を検証してみましょう。メーリア、いまは何時何分かしら?」


 俺がプレゼントした時計をメーリアはいつも身に着けている。


「九時五十分よ」


 ディカッサは自分のメモ帳に時刻を書き留めた。


「まず考えられることは時刻です。これまで夜の転移を行ったことはありませんから」


 言われてみればそのとおりだ。


「失礼します」


 一言断ってディカッサはいきなり俺のくちびるを奪た。

 しかも、ためらうことなく舌を差し込んできている。

 気がつけば俺たちは暗い日本の自室で舌を絡めあっていた。


「ん……んん……」


 レロレロといった擬音が聞こえてきそうなくらいディカッサは激しく舌を使った。


「ディ……ディカッ……もう、はあれおよ……」


 口の中をかき回されて、俺はまともに話すこともできない。


「もおふこひ……」


 闇の中でディカッサは俺の後頭部に手をまわし、貪るようにキスを堪能している。

 そんな風に求められれば嬉しく、俺もディカッサの肩と腰を引き寄せた。

 そうやって一分くらい濃厚なキスを交わして、ようやくディカッサは俺から離れた。

 そして、びっくりしたような顔で俺に告げる。


「どうしてかわかりませんが、幸福を感じます。隊長は理由がわかりますか?」


 それならどこかで聞いたことがある。

 人はキスをするとオキシトシンやエンドルフィンというホルモンが分泌されるそうだ。

 これらは人間の幸福感を高める作用があるらしい。

 俺は異世界人であるディカッサでもわかるように、かみ砕いてこういったことを説明した。


「――というわけで、好き合った者同士がキスをすると人は幸福を感じるのさ」

「…………」

「どうした?」

「つまり、隊長は私のことも好きなのですね? 私は隊長が好き。隊長も私が好き。だからホルモンが分泌された!」

「まあ、そうなるな……」


 問題の多いディカッサではあるが、俺は憎からず思っている。

 ぶっちゃけ、かわいいと思うときもあるのだ。

 ディカッサはウンウンとうなずきながらメモを取っている。

 チラッとのぞくと、オキシトシンとエンドルフィンという二つの単語が見えた。


「さて、そろそろ帰らないとな」

「え? 買い物などをしていかないのですか?」

「この時間に空いているのはコンビニくらいだよ」


 ここは地方の郊外である。

 二十四時間営業の店は少ない。

 もちろん夜のコンビニだって魅力的だが、いまは時間の余裕がなかった。


「早く帰ってファーミンのために準備しないと。今日は夜でも転移できることがわかっただけでじゅうぶんだろう?」

「そうですね。あと、オキシトシンとエンドルフィンです」


 新しい知識を得られたことがよほどうれしかったようだ。


 帰る前に俺はディカッサに釘を刺しておく。


「帰りはあんなキスはしないように。みんなに見られたら恥ずかしいからな」

「不承不承ですが、承知しました」


 俺たちは軽いキスを交わして砦へ戻った。



 消えたはずの俺とディカッサが目の前に姿を現したので、ファーミンはかなり驚いていた。


「異世界へ行っていたのか……?」

「ああ、転移していたよ」

「つまり、私とでは転移できないということか……」


 悔しそうにファーミンは唇をかんだ。

 理由はわからないが、どうやらそのようだ。

 だが、ディカッサはまだ検証が必要だと主張する。


「時間が原因ではないことは証明されました。ところで神官さま、隊長意外とキスの経験はありますか?」


 サイコパスは遠慮なしに聞きたいことを聞いてくる。


「それは、その、若いころに何回かしたことは……ある……」


 無理もあるまい。

 ファーミンは大人の女なのだ。

 キスの経験くらいあるだろう。


「それが原因かもしれませんね。我々は隊長がファーストキスでした。だから転移できたのかもしれません」


 本当にそれが原因だろうか?

 俺は違うような気がする。


「呪いが関係していることだって考えられるぞ。ファーミンとキスをしたとき、妙な力が転移を阻んだ気がしたんだ」

「それは私も感じた。何かがこの場所に私を引き戻した感覚があった」


 ファーミンも俺と同じ感覚を味わったんだな。

 俺たちの話を聞きながら一生懸命メモを取っていたディカッサが、こんなことを聞いてきた。


「ところで神官さま、隊長とキスをしたとき、幸福を感じましたか?」

「え……それは……」

「大切なことなので答えてください。わずかでも感じませんでしたか?」


 首まで赤くしたファーミンが上ずった声で答える。


「と、とても感じた……」


 ファーミンの答えにディカッサは満足そうだ。


「それはオキシトシンとエンドルフィンの作用です。好き合う者同士のキスのときに体内で分泌されます。もし、神官さまが隊長を愛しているのなら、次は転移できるかもしれませんね」


 とっても偉そうにディカッサは講釈を垂れている。

 だが、案外ディカッサの言うことは間違っていないような気もする。

 呪いさえ解ければ、ディカッサとも転移できるんじゃないだろうかと俺は思う。


 腕時計を見ながらメーリアが声をかけてきた。


「隊長、十時三十五分になりました。そろそろ準備をされた方がよろしいかと存じます。神官さまは今夜、牢でお過ごしになるのですよね?」

「そうだな。では牢の掃除をして寝具を運ぼう」


 牢は汚く、板の台があるだけなのだ。

 いくら何でもそれではファーミンが気の毒である。

 ファーミンが正気を失う0時までには、すっかり準備を整えなければならない。

 俺たちはいそいで準備に取り掛かった。

 だが、それがとんでもなく長い夜と、それに続く気まずい朝に続く始まりだということを、このときの俺はまだわからないでいた。


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