箱崎12年
鑑定魔法が始まった。
クロウ神官の手から淡い緑の光がほとばしり、箱崎12年を包んでいく。
締め切った室内だというのにヒューヒューと風がうなり、空気が箱崎12年に向かって流れ込んだ。
なんと膨大な魔力が動いているんだ!
大規模範囲魔法にも匹敵する量の魔力を神官さんから感じるぞ。
どれくらいたいへんなのかを質問してみたいけど、神官さんは集中しているようだったので口を閉じて静かに待つことにする。
やがて緑色の光は消え、神官さんはほっと息をついた。
「どうですか?」
「隊長さん、こいつはすごいよ!」
間髪を入れずに神官さんは勢い込んで話しかけてくる。
ボトルをぶつけてしまいそうなほど興奮しているから心配なほどだ。
「落ち着いてください。それはこちらに……」
神官さんは満面の笑顔でボトルを俺に渡した。
「聞いてくれ。まず、このウイスキーは異世界からの渡来品だということがわかった」
うん、それは知っている。
持ってきた張本人だからね。
「あまり驚かないのだな?」
神官さんは怪訝そうな目で俺を見ている。
ここで俺たちの秘密を知られるわけにはいかないか。
「いえ、あまりのことに理解が追い付いていないだけです」
「無理もないな。あまり公にはされないが、この世界ではたまに異世界から人や物がやってくるんだよ」
「ほぉ、そんなことが……」
俺は自分のセリフが棒読みにならないように気を付けた。
「隊長さんはこれをどこで手に入れたんだい?」
「えーと……、ロッカスの市場です」
「よくこんな貴重な品が売られていたもんだ」
半ば呆れたようにクロウ神官は感心している。
「異世界からの品って、そんなに貴重なんですか?」
「当然だろう。ただでさえ珍しいし、特殊な効果をもたらすアイテムだって多いんだぞ。王族や貴族、高位神官だってこぞって手に入れたがるくらいだ」
「ふーん。じゃあ、俺は運がよかったんですね。ところで、このウイスキーにも特殊な効果があるのですか?」
俺はいよいよ核心に踏み込んだ。
「うむ。私の鑑定結果では、『これを飲むと楽しく酔っ払ってしまい、ついつい本音が出てしまう』とある」
「はぁ? それって酒を飲んだら普通のことじゃないんですか?」
「まあそうだな。おそらくそういった作用が普通の酒より強いということなのだろう」
「だったら飲んでも大丈夫かな……」
そうつぶやくと神官さんは驚いた顔になった。
「これを飲む気でいるのか?」
「そうですけど?」
「さっきも説明しただろう? これは異世界からやってきた酒だ。売ればかなりの価値が付くんだぞ!」
せっかくアインが買ってきてくれたのに売るという選択肢はない。
それに、俺は前から箱崎12年を飲んでみたかったのだ。
遠くの金よりも目先の酒である。
「まあいいじゃないですか。鑑定のおかげで安心できました。飲んでみましょう」
「本気か?」
「だって気になるじゃないですか。鑑定のお礼です、神官さんも遠慮なくどうぞ」
俺はカップを二つ取り出してきた。
透明なグラスもあるのだが、ここではたいへん珍しい品になってしまう。
これ以上は異世界の品を出さないように、あえて陶器のカップにしたのだった。
シングル分のウイスキーを注いでクロウ神官に差し出した。
「さあ、乾杯しましょう」
「ご親切に感謝する……が、本当にいいのか?」
「まだそんなことを言っているのですか? いいから目の前の酒を楽しみましょうよ」
「すまないな。だが、君とは友だちになれそうな気がするよ」
神官さんは笑顔でカップを受け取った。
俺たちはカップを合わせ、ウイスキーに口をつける。
想像通り美味しいウイスキーである。
だけど、俺以上にクロウ神官の方が驚いていた。
「なんと美味い酒だ……。香り、味の深み、すべてが私の知っているものをはるかに上回っている」
素材や、水、蒸留技術や熟成技術など、こちらより日本の方が上なのかもしれない。
なるべくゆっくり味わおうと思うのだが、俺も神官さんもすぐにカップのウイスキーを飲み干してしまった。
「お代わりをどうぞ」
俺がウイスキーを注ぐと神官さんは輝かんばかりの笑顔になった。
「ありがたく頂戴するよ。君は気前がいいんだな」
「楽しめるうちに楽しんでおくというのが俺のモットーですから」
「君とは本当に友だちになれそうだな」
俺たちは再びカップを重ねた。
そうやって飲んでいるうちに俺はどんどんいい気持になっていった。
それはクロウ神官も同じようで、隊長室には和やかな空気が満ちている。
「じつを言いますとね、本当はとんでもない神官が赴任してくるんじゃないかって心配していたんです。でも、こんなに魅力的な人でびっくりしました」
あれ、俺はなにを口走っているんだ?
まだ二杯しか飲んでいないのにこんなことを言うなんて……。
気を悪くしたかとクロウ神官を見たけど、俺の心配は杞憂だったようだ。
神官さんは笑いながらカップを傾けている。
「いやいや、頼りがいのある隊長さんがいて私も安心したよ。君は真面目そうだから、これ以上不愉快な思いをしないですみそうだ」
「あれ、なにかあったのですか?」
「うむ、旅の途中はさんざんだったぞ。私が発作で動けないのをいいことに、不躾な視線を寄こしたり、介抱をするふりをしてべたべたと触ったりとな。もっとも、不埒な輩はこの拳で成敗してやったがな」
神官さんはカッカッと豪快に笑っている。
「苦しんでいる人に邪な心を抱くなんてとんでもないやつですね。まあ、視線が神官さんにいってしまう気持ちはわかります。さっきから俺も理性を総動員して見ないようにしていますから」
って、俺はなにを言っているんだ!
箱崎のせいで本音がダダ洩れじゃないか。
「わからんなあ。こんな傷だらけの体に欲情するのか?」
神官さんはそう言って襟のところを開いて見せた。
そうすると、ただでさえがっつり見えていた胸元がさらに大きく開いていく。
肩口に大きな傷があったけど、そんなものは関係ない。
驚きに俺はカップのウイスキーを思わず飲み干してしまった。
「仕方がないですよ! だって神官さんは美しいから」
「美しい……?」
「それにエロい」
しまった!
いくら何でもこれはアウトだろう。
やはり異世界転移のアイテムは恐ろしいな。
気をつけようとは思うのだが、俺の意思を超えて本音が出てしまう。
今度こそ神官さんを怒らせてしまったかもしれない。
そう思ったのだが、神官さんは笑顔なままだった。
「隊長さんは正直だな。というか、それもこれもこの酒のせいか」
「どうにもそのようです。面目ない……」
「ということは、私が美しいというのも本音なんだな?」
潤んだ瞳で神官さんが問いかけてくる。
頬が赤いのは酒のせいか、照れているのか、俺には判別がつかない。
「美しいと思いますよ。傷のことだって気になりません。俺にだっていっぱいありますからね」
俺だって数年前までは魔物相手に最前線で戦っていたのだ。
「隊長! いや、イツキ!」
「どうした、ファーミン?」
「ウイスキーをもう一杯もらえないだろうか?」
「遠慮するなって!」
「あーはっはっはっ! 見たいなら好きなだけ見ろ。なんなら触ってもいい。イツキなら許す!」
「この酔っ払いめぇ!」
俺たちは笑いながら肩を組んだ。
これ以上飲むのはまずいんじゃないかと思いつつも、俺は四杯めの酒をめいめいのカップに注いだ。
美味しくて、楽しくて、飲む手を止めることができなかったのだ。
こうして俺たちの愉快な宴会が始まってしまった。
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