不良神官の噂
俺はオタオタする村長さんを落ち着かせた。
「どういうことでしょうか、詳しく教えてください」
村長さんは震える手でお茶を注ぎ足し、それを一息で煽る。
「先日、私は仕事でロッカスまで行ってきました。ついでということもあり、神殿にも寄って、知り合いの長老にご挨拶をしたのです。そのときに、新しい神官さんがレビン村に来てくださることを教えてもらいました。ですが、その長老は大変心配されていまして……」
長老というのは神官の位であり、比較的高い職である。
そういった高位聖職者だから、詳しい情報を知っていたのかもしれない。
「その長老が新任の神官のことを教えてくれたのですね?」
「そうなのです。その神官は都で大変な罪を犯されて、こちらの方へ左遷されるとのことでした」
ここは国境沿いの小さな村である。
こんなところに左遷されてくるのは、なにか失敗をやらかした人間だけだろう。
俺みたいに権力者にはじかれることもあれば、犯罪まがいのことをしでかして追いやられるパターンもある。
「どんな罪を犯したか聞いていますか?」
陰湿な犯罪に手を染める聖職者は意外に多い。
特に性犯罪や薬物がらみの話はよく聞く。
もし、そういった犯罪歴のあるやつが来るとしたら、俺としても目を光らせておかねばなるまい。
村長さんは不安そうな声で詳細を教えてくれた。
「その神官さんは、とんでもない暴力神官らしいのです」
「はあ……」
予想が少し外れたな。
だが、身分を隠して歓楽街で酒を飲み、酔っ払って暴れる神官というのもいないではない。
俺が所属していた連隊は警察の仕事も兼ねていたので、そんな神官を捕まえた経験もある。
だがそういったケースの場合、きついお叱りを受けるくらいが関の山だろう。
こんな地方まで左遷というのは聞いたことがない。
周りには誰もいないのに、特別な秘密を打ち明けるように村長さんは声をひそめた。
「その神官が殴った相手というのは大神官さまだそうです」
「ほぉ!」
思わず声を上げてしまった。
それはそうだ。
一介の神官が大神官を殴るというのがどういうことかといえば、少尉である俺が将軍を殴るようなものだからである。
「そいつはとんでもないことをやらかしましたね。よく左遷程度で済んだもんだ」
下手をすれば死罪だぞ。
公に捌かれなかったとしても、裏で拷問されて殺されたとしてもおかしくはない。
「それだけではありません。その神官は普段から素行が悪く、酒やたばこは当たり前で、満足に修行もしないとか……」
「お話を信じるのなら、とんでもない神官のようですが、はたしてそれは事実でしょうか?」
「と、いいますと?」
村長さんは不思議そうに俺の顔を見た。
俺は苦笑を隠すことができない。
「ほら、俺のときも散々言われていたでしょう?」
そう質問すると、村長さんはようやく納得がいったようだった。
「そういえば、隊長さんがこの地に赴任されるときにも、いろいろな噂が立ちましたなあ」
そう、俺は闘技大会でヒープの野郎を叩きのめしたせいで左遷されることが決まった。
はっきり言って、俺に落ち度はない。
だが、各所ではいろんな噂があったみたいだ。
命令違反をした、略奪行為があった、敵前逃亡の嫌疑がかけられた、など、事実無根の噂がまことしやかに流れたのだ。
「ここに来るのが不良神官だと決まったわけじゃありませんよ」
「隊長さんみたいな方が来てくださるのなら、私らも助かるんですがね……」
村長さんはまだ不安そうだ。
「安心してください。もし村人に暴力を振るうような神官なら、私がなんとかしますから」
そう励ますと、村長さんはようやく安堵の笑顔を見せた。
俺は気になって、その神官についてもう少したずねてみる。
「ところで、その神官はどうして大神官に暴力を振るったんでしょうね?」
「大神官はその神官の素行の悪さについてお説教をしていたそうです。すると、その神官は反省もしないで激昂して、恐れ多くも大神官のお顔を……」
逆ギレか……。
にしても、おかしいな。
そもそも、一神官の素行の悪さをわざわざ大神官が説教するというのが腑に落ちない。
直属の上司が注意するのが普通だろう?
こう言ってはなんだが、俺なんて将軍としゃべったことなんて一度もないぞ。
それに、そこまでやったのなら殺されてもおかしくはない。
少なくとも破門くらいはされるだろう。
どうして左遷で済んでいるんだ?
いろいろと不安はよぎるが、神殿の人事に口を出す権利は俺にない。
とりあえずいまは、その神官が到着するのを待つしかなかった。
午後はアインと日本へ行った。
本日は苗や種の買い付けをする予定である。
俺たちは軽トラに乗り込み運転席と助手席に座って顔を見合わせる。
いつまで経ってもこの瞬間は慣れないものだ。
「アイン、いいか?」
「はい……」
シフトノブの上に置いていた俺の手に、アインが手のひらを重ねてきた。
アインはどんどん大胆になるな……。
待たせるのも悪い気がして、おれはスッと顔を近づける。
そのときアインのくちびるが小さく開き、俺の口の中に彼女の舌がわずかに差し込まれた。
「っ……」
小さな驚きとともに俺は日本へ転移した。
実家の駐車場で俺はアインを見た。
だが、アインは何事もなかったかのようにニコニコとほほ笑んでいる。
あえて追及することもできず、一連の事実を流そうとした俺の背後でアインが小さくつぶやいた。
「ごちそうさまでした♡」
なめられているのか?
だが、俺は隊長であり、部下のそんな態度は許せない。
こいつ、いつか仕返ししてやる……。
俺はそう誓っていた。
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