新しい神官が来るらしい
チョビ髭危機一髪で遊んでから十日が経過していた。
配給不足を補うべく、俺たちは砦の畑作りに取り組んでいる最中だ。
といっても、これも遊びみたいなものだな。
心底困っているのなら、日本から食べ物を仕入れて来ればいいだけの話である。
だが、俺はあえて畑を作りたい。
せっかく辺境に飛ばされたのだから、せいぜいスローライフを楽しむつもりだった。
「まずは畑の位置を決めよう。どこに作るかだが……」
過去に畑を作ったことのあるリンリが意見を言う。
「中庭がいいと思います。井戸が近いし、動物に荒らされることもないですから」
砦の周囲に魔物が出没することはあまりないが、鹿や猪などは多い。
壁の外に畑を作ればそういった野生動物もたくさんやってくるだろう。
その点、中庭ならそんな心配はなくなる。
だが、生真面目なメーリアは少し心配そうだ。
「よろしいのでしょうか? 訓練の場所が狭くなりますが……」
中庭は練兵場も兼ねている。
畑を作ればその分だけ訓練スペースは狭くなってしまうのだ。
「そうだが、ここにいる兵士は俺も含めて六人だけだ。問題はないだろう。隊長の判断ということにしておくさ」
こんな田舎じゃ巡検士や上官の見回りが来ることなんてないのだ。
定期的に報告書を上げていれば問題になることもない。
良くも悪くもここは見捨てられた場所である。
気楽にやっていればいいと思う。
「よし、畑は中庭だ。位置を決めて掘り返していくぞ」
位置取りが決まると土を掘り起こした。
ここで活躍したのはオートレイと耕運機である。
まずはオートレイが土魔法で土を掘り、彼女の魔力が尽きると耕運機で作業を進めた。
「残念ながら耕運機に特殊効果は見られないなあ……」
異世界から運んできたものだから、この耕運機にも特殊効果を期待したのだが目立ったところはない。
魔力を流し込んでみたりもしたのだが、特に変化はなかった。
だが、オートレイは満足そうに耕運機を押している。
「私たちにしてみればじゅうぶん特殊効果ですけどね」
初めて耕運機を見る隊員たちはその性能に驚いているようだ。
「こんなものがあれば開拓は一気に進みますよ」
「いやいや、小型耕運機一台じゃたいしたことはできないさ」
今回の畑づくりだって、最初はオートレイの土魔法で大きな岩や石を浮かせているのだ。
それを隊員たち全員で取り除いてから耕運機を使っているのである。
そうでなければこんな小さな耕運機はとっくに壊れていただろう。
オートレイの言うように、これ一台で開拓は無理である。
もっとも、重機や大型の耕運機があれば話は別かな?
おそらく加速度的に開発は進むだろう。
だが、俺は大々的に農業がしたいわけじゃない。
あくまでも趣味の範囲である。
国境警備隊の食料が確保できればそれでじゅうぶんだ。
あとは、おもしろい作物を作れれば満足だった。
畑を耕し終えると、苦土石灰というものを入れて酸性の土壌を中和した。
「よし、今日の作業はここまでにしよう。明日はたい肥をすき込むぞ」
野菜作りは土づくりからである。
鶏糞や牛糞も日本で買ってきたので、これを混ぜて美味しい野菜を作るのだ。
と、ここで無線機からのコールが鳴った。
見回りに出ているメーリアからの連絡だ。
メーリアとリンリはバイクが乗りこなせるようになり、俺の代わりに単独で見回りに出られるようになっている。
おかげで俺の時間も増え、砦の細々とした業務に当たることができるようになった。
特にリンリは運動神経がいいので、オフロードも軽快に乗りこなしている。
一方、アインとオートレイは心配でバイクには乗せられない。
この二人の運動神経は絶望的なのだ。
特にアインは身長が低くて、バイクに乗ると足が地面につかない。
バイクが倒れたら持ち上げることも不可能である。
ディカッサもバイクはあまり上手じゃない。
だから、この三人には軽トラやクロスカントリーの自動車の方の運転を重点的に教えている。
そうそう、注文していた自動車はすべて無事に納入された。
おかげで砦の機動力は都の連隊以上になった。
まあ、こんな平和な田舎じゃ必要ないんだけどね。
俺は無線機を取り出して応答した。
「こちら香取」
「メーリアです。北西部、異常ありません」
「了解だ。気を付けて戻ってくれ」
ハンディー無線機を十台、各自動車にも車載器、砦の塔にアンテナをつけて固定機も一台購入した。
全部で百万円以上してしまったが後悔はない。
本当に便利だからだ。
これも異世界チートだと思うが、音声はやたらクリアで、通信距離もスペック以上を発揮している。
うまいこと当たりを引いたようだった。
こんどはカメラ付きのドローンでも購入してみようか。
そうすれば見回りはさらにはかどりそうな気がする。
一緒になって畑の土を掘り返していた猫のトラが俺の脚へ体を摺り寄せてきた。
「にいちゃ、めし」
「トラも腹が減ったか? じゃあ、みんなでご飯の用意をしよう。メーリアももうすぐ帰ってくるからな」
「メェがかえってきたら、めし?」
「そうだぞ」
「ん!」
こんな調子でトラはしょっちゅうこちら側に来ている。
自然が豊富だから日本にいるよりも楽しいそうだ。
トラが直接「にいちゃのいえ、あそびいく。とりで、たのしい」と言うものだから、母さんも義父さんも納得しているようだ。
隊員たちからもかわいがられているので居心地がいいのだろう。
こんな調子で俺の生活は充実していた。
午後になって俺はレビン村の村長さんのところへ向かった。
定期報告書と隊員たちの手紙を預かってもらうためだ。
隊員たちはそれぞれの実家への手紙を定期的に出している。
俺のことを手紙に書いて親に伝えているそうだ。
上官にキスを迫られた、とか書いていないよな?
ある日、親に怒鳴り込まれたら、俺には返す言葉がない。
キスで協力してもらっているのは事実である。
少しはマシなことを書いてもらえるよう、頑張らなくてはならないな。
俺が顔を見せると、村長さんは喜んで居間へと通してくれた。
「隊長さん、祭りのときはありがとうございました。出張治療所にウイスキーの振る舞いと、村人たちはとても喜んでいましたよ。警備隊の方々にはまた来ていただきたいものですな」
「我々も楽しませてもらいました。また、よろしくお願いします」
お茶とラスクのようなお茶請けを出してもらい、俺たちは雑談を交わしていく。
「そうそう、ようやく新しい神官さんが派遣されてくることになったんですよ」
レビン村には小さな神殿があるのだが、以前いた老人の神官が亡くなってからは、ながらく神官が不在だったそうだ。
神官といえども、こんな田舎に来たがる人は少ないのだろう。
村が要請の手紙を送っても、これまでは一向に音沙汰なしだったそうだ。
だが、ようやく神官がやってくるとの報せが届いたとのことだった。
「それはおめでとうございます。これで村長さんも落ち着くことができますね」
宗教的なよりどころ以外にも、神官には冠婚葬祭の儀式を執り行い、場合によっては裁判官の役割なんかもあったりする。
これまでは近隣の集落からわざわざ来てもらっていたのだが、その都度お礼や馬車を用意するといった苦労があったようだ。
新しい神官がくれば、そう言った手配もせずにすみ、村長さんの仕事も楽になるはずである。
ところが、どういうわけか村長さんは浮かない顔をしている。
「なにか心配なことでもあるのですか?」
「実はよくない噂を聞きまして……」
「新任の神官さんについてですか?」
村長さんは不安そうな顔でお茶をすすって話を続けた。
「知り合いに聞いたのですが、村に派遣されるのはとんでもない不良神官らしいのです」
そう言うと、村長さんはほとんど泣きそうな顔になっていた。
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