一樹百獲
黄金の短剣にはそれぞれ違う四文字熟語が書かれていた。
どれも縁起の良い言葉ばかりで、『商売繁盛』とか『武運長久』とか、『家内円満』とか、そんな感じだ。
俺は金の短剣に手を伸ばしてつかみ上げる。
「これ、本物の金かな? ずいぶん重いぞ」
俺の言葉を確かめようとしたディカッサが小さく呻いた。
「つっ!」
ディカッサは指を押さえて顔をしかめた。
「どうした?」
「短剣に触れようとしたらビリビリとした痛みが走りました」
おかしいな、俺はなにも感じなかったぞ。
試しに違う短剣を手に取ってみたが、そんな痛みはなかった。
「平気だけどな……」
ディカッサは少し考えてリンリに言った。
「リンリ、金の短剣に触れてみて」
「痛いかもしれないんですよね?」
「隊長は平気みたいだけど私はダメだった。痺れるような痛みよ」
リンリは唾を飲み込みながら期待に満ちた目つきで短剣に指を伸ばした。
「きゃっ!」
やっぱりリンリも痛かったようで、瞳を潤ませて喜んでいる。
「これ、すごいです。でも、私が求めるのとはちょっと違うかな……」
聞いてないからね。
他の隊員も試してみたが、誰一人短剣を持ち上げることはできなかった。
「大丈夫か、メーリア?」
指をさすっているメーリアに声をかけた。
生真面目な彼女はなんとか短剣を持ち上げてみようと頑張りすぎたのだ。
「平気です。ひょっとするとこれは、隊長専用の剣なのかもしれませんよ」
「俺専用って、この短剣が?」
「きっとそうですよ。だって、この短剣に触れるのは隊長だけじゃないですか。だから、隊長がこれを樽に刺してあたりを引けば、短剣に書いてあることが叶うのではないでしょうか?」
ありそうな話である。
「なるほどな、メーリアの言うとおりかもしれない」
「隊長、ぜひ、やってみてください」
金の短剣は全部で二十本あり、それぞれにちがう四文字熟語が書かれている。
どの短剣で当たりを引けるかはわからないので、あまり考えず、順番に刺していくことにした。
「一本目は『運気向上』か」
これで当たりが出れば幸福がたくさん訪れるのだろう。
悪くない。
俺は純金の剣を樽に突き刺した。
「…………なにもなしか」
残念だが仕方がない。
だが、どの純金の剣にもいいことばかりが書いてあるのだ。
つまりハズレはない。
このままどんどんやっていくことにしよう。
「続いては『悪疫退散』だな」
リンリが小首をかしげている。
「どういう意味ですか?」
「疫病などが収束するということだ。きっとみんなが健康でいられるのだろう」
兵士というのは体が資本だから、この短剣にも期待が持てそうだ。
俺は同じように短剣を樽に突き刺す。
だが、ニヤリと笑う天空王はピクリとも動かない。
「次は……『良縁成就』だな」
すこし上ずった声でメーリアが確認してくる。
「そ、それの意味は……」
「良縁に恵まれるということだ。まあ、恋人とか結婚だな」
肉食獣のごくと隊員たちの目がギラリと光った。
「ど、どうした?」
「…………」
誰も何も言わずに俺の手元だけを見つめている。
ふむ、これで当たりを引けば良縁に恵まれるのかな?
まだ結婚は早いと思うが、そろそろ恋人くらいはほしいんだよね……。
淡い期待を込めて俺は剣を突き刺す。
だが、天空王は今回も動かなかった。
「ふぅ……」
隊員たちは一斉にため息をついている。
「ダメだったか。まあ、それも仕方がないさ。次は……『一攫千金』か。金ならけっこう持っているけど、当たれば当たったで嬉しいよな」
だが、これもダメだった。
それから『大願成就』『長楽無極』『一路順風』『家内円満』『金運向上』もハズレだった。
「さて、そろそろ当たりが出てほしいよな。腹も減ってきたし」
すでに外は真っ暗だ。
今夜はレトルト食品でも食べるとしよう。
たしか具沢山のクリームシチューが残っていたはずだ。
あれとパンを合わせて、足りなければ缶詰を開ければいい。
そんなことを考えながら、なに気なく金の短剣を掴んで樽に刺した。
「ぬおっ!」
強力な力に押し出されるように俺の体が宙に浮いた。
いつの間にか軍服はすべてはがされ床の上に散らばっている。
唯一身に着けているのは黄金に輝くフンドシのみだ。
うわ、隊員たちの視線が俺に釘付けだぞ。
やっぱり恥ずかしいもんだよな。
不意に重力を感じて俺は床に着地した。
よろめくこともなく、きれいに降り立つことができたな。
採点があるのなら10・0は間違いない。
「隊長、それはなんと読むのですか?」
ディカッサが俺の股間を指さしている。
いや、違った。
彼女が言っているのは俺のフンドシに書かれた四文字の漢字だ。
「これは『一樹百獲』だな。人材を育成すると大きな利益につながるという意味だ。ちなみに、この樹という字は俺の名前であるイツキと同じなんだ」
そんな説明をしていると不意に天空王と樽が宙に浮いた。
残りの剣が次々と樽に刺さっていき、すべてが一つにまとまる。
樽はユラユラと移動して、窓際でピタリと止まった。
「どうなるんだ?」
固唾をのんで見守っていると、天空王の人形がニヤリと笑い、夜空に向けて射出された。
長い光の尾を引きながら、天空王は空の彼方へと飛び去り、ついには一つの星になった。
俺たちの手元には黄金の樽が残されるのみだ。
「天空王、行ってしまいましたね……」
メーリアがつぶやく。
「ああ……」
「隊長……」
「どうした?」
「寒くはありませんか?」
「ん? うわっ!」
すっかり忘れていたが俺はフンドシ一丁の姿だった!
みんなの視線が俺に集まっているぞ。
特にディカッサは遠慮がない。
しゃがみこんでフンドシを近距離で見つめている。
「こ、こらっ! ディカッサ、なにを覗き込んでいるんだ!」
「サイズをメモしようかと……」
いったいなんのサイズだよ!?
俺は慌てて軍服をかき集めて身にまとった。
「チョビ髭危機一髪の特殊効果もこれでお終いのようだ。取り急ぎ夕飯の準備をしよう」
俺は細々と指示を出して準備にとりかかった。
それにしても、俺の得た特殊能力は『一樹百獲』か。つまり、隊員たちと砦を盛り立てていけば、大いなる収穫が得られるということだよな?
もしそうなら、これはとても喜ばしいことだ。
ここにいるのはクセの強い兵士ばかりだが、みんなそれぞれに魅力的でもある。
左遷されたときは気が重かったけど、気の合う仲間とこの砦を地上の楽園にするというのも楽しそうじゃないか。
「隊長、お湯が沸きましたよ!」
厨房の方からメーリアが俺を呼んだ。
「いま行く」
俺は軍服の襟を直して、早足で広間を出た。
(第一部 おわり)
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