危機一髪
片づけがほぼ終わるころになってオートレイが意識を取り戻した。
「あ……れ……?」
アインの治癒魔法が効いたのだろう、顔色は悪くない。
「気分はどうだ? 吐き気はないか?」
「いえ、ぜんぜん……。というか、私、寝ていたんですか?」
「ああ……」
オートレイは立ち上がって、不思議そうにみんなの顔を見回している。
治癒魔法をかけていたアインがオートレイに質問した。
「アンタ、覚えていないの?」
「なんのことですか?」
「リップをぬったら、アンタは大暴れしたんだよ」
「ええっ!?」
オートレイはディカッサを突き飛ばしたことも、リンリと格闘戦をしたことさえも覚えていなかった。
「私、そんなに暴れていたんですか……」
「隊長が押さえつけてくれなかったら、全員がアンタに殺されていたかもしれないわ」
「そんな……。あ、でも隊長のことはなんとなく覚えています。後ろから抱きしめられていて、すごく幸せな気分でした……」
それはスリーパーホールドをかけていただけだ。
「みなさんにはご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるオートレイだが、彼女が悪いわけではない。
「謝ることはない。これは検証中の事故みたいなものだからね。今後はもっと慎重に検証しないとだめだな。とりあえずこのリップは俺が預かっておく」
それを聞いてディカッサが残念そうな顔をした。
どういうわけかリンリも……。
これをぬって暴れれば、腹に魔動波を打ち込んでもらえると考えているのかもしれない。
俺はもうリップの検証を終わらせようとしたのだが、ディカッサはまだ続けたいようである。
「お待ちください。性別によって効果が違わないか確認したいのですが」
「おいおい、それは危険すぎるぞ。俺が暴れだしたらどうするんだよ?」
「あらかじめ縛り付けておけばいいかと……」
革紐やロープで拘束した状態でリップをぬるのか。
それなら可能かもしれないな。
だが、バーサク化した俺が強力すぎた場合、拘束を引きちぎる可能性もある。
「やはりやめておこう。いまここで検証するほどのことじゃないさ。また、機会をみてな」
渋々といった感じではあったが、ディカッサも了承してくれた。
俺は窓からの景色に目を向けた。
太陽はだいぶ西に傾いたが、日暮れにはまだ猶予がありそうだ。
「夕飯の支度はもう少し後だな。先にオートレイが買ってきたものを検証してしまうか」
「は、はいっ! それではこちらをご覧ください」
オートレイは大きな箱を取り出した。
「うわっ、懐かしいな。チョビ髭危機一髪じゃないか!」
チョビ髭危機一髪は大昔からあるおもちゃだ。
チョビ髭で褌一丁のオッサンが頭だけを出しているプラスチック製の樽に、これまたプラスチック製の短剣を刺していき、当たりの場所を刺すとオッサンが樽から飛び出す仕掛けのゲームである。
樽に入ったオッサンが飛び出すと負け(もしくは、勝ち)というのがルールである。
褌姿のオッサンが飛び出す様はコミカルで、そのせいかロングセラーとなっているのだ。
「おもしろそうだったので、つい買ってしまいました。なんの役に立つかはわかりませんが検証してみますか?」
オートレイはすぐにでもやりたそうな様子を見せている。
だが、本当に危険はないだろうか?
たったいま、バーサク状態を作り出すリップを見たばかりである。
俺としてはとても心配だ。
そんな俺の心中を察したのだろう、ディカッサが提案してきた。
「隊長のお気持ちはわかります。ですが、負の結果と決まったわけではありません」
「それは俺もわかっている」
これまでは役に立つ特殊効果の方が多かったのだ。
だけど、オッサンのジャンプを引き当てた者が死んだりしたら後悔しきれないぞ。
それでも好奇心旺盛なディカッサは退かなかった。
「ならば私一人でやってみます! ひょっとしたら素晴らしい効果が期待できるかもしれませんし、いまのところ負の効果はリップだけです。あれだって、状況によっては、必ずしも負の効果とは言えません」
それは俺も認める。
まともな判断はできなくなるが、パワーやスピードは数倍になるのだ。
使いどころを間違えなければ、あのリップだって有用なアイテムだろう。
「本当に独りで検証する気か?」
おれがディカッサに質問すると、オートレイがおずおずと手を挙げた。
「あの、わ、私も参加します……」
「どうして?」
「これは私が買ってきたものですから……」
チョビ髭からは不吉な波動などは感じない。
少し試すくらいなら大丈夫だろうか。
「わかった。それじゃあやってみてくれ。アインは二人になにかあったときはすぐに治癒魔法を頼む。俺とリンリは二人が暴れだしたときのために待機だ。メーリアは下がっていてくれ」
全員に指示を出して、俺は検証を見守った。
最初にディカッサ、次にオートレイの順番で剣を樽に刺していく。
単純だが、手に汗を握る展開である。
チョビ髭はいつ飛び出す?
刺すのはどっちだ?
全員が無言で見守り続ける中、ディカッサが八本目の剣を手に取った。
「いきます……」
樽の下側を選び、ディカッサは青い剣を深く突き刺していく。
すると……。
「きゃっ!」
突然、座っていたディカッサが光の粒をまとって宙に飛び上がった。
しかも彼女は素っ裸になっているではないかっ!
いや、違った。
正確に言えば、ディカッサは赤い褌だけを身に着けていた。
宙に投げ出される褌一丁のサイコパス魔法使い……。
俺はなんというものを見せられているんだ!
ドサリと音を立ててディカッサは床の上に着地した。
両手を床につき、あられもない姿でディカッサは放心している。
大きめで形のよい胸も、すらりと伸びた脚も、褌なのでお尻も丸出しだ。
あ、ディカッサの右のお尻には小さなほくろがあるんだな……。
彼女の足元にはディカッサがさっきまで来ていた軍服と下着が散らばっていた。
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