蟻がいない
実家の駐車場に転移すると、俺はすぐに荷台を確認した。
メーリア、ディカッサ、アイン、リンリの四人がこちらを見てうなずいており、俺の膝にはトラもちょこんと座っていた。
目論見通り全員で転移ができたな。
だが、安心する俺をよそにディカッサが騒ぎ出す。
「いない! どこにもいない!」
「いないって、誰が?」
ディカッサが付きだしてきたのは空っぽになったジャムの瓶だ。
もともとはイチゴジャムが入っていた瓶だが、六人で食べたらすぐになくなってしまったんだよな。
空き瓶はディカッサが欲しいと言ったから上げたのだが、今回はそれになにかを入れてきたようだ。
「いったい何を入れてきたんだ?」
「蟻です」
「こらっ! なんてことをしでかしたんだっ!」
俺はディカッサを叱った。
出発前も話したが、生物を行き来させるのは非常に危険な行為である。
だが、好奇心に負けたディカッサは禁を破ってしまったようだ。
「どこに行ったんだ? まさか、逃げ出したんじゃ……」
「それはありません。蓋はぴっちりと締まったままです」
それは事実で瓶の蓋は硬くしまっている。
「だったら、どこへ行ったんだ?」
「もしかしたら転移できなかったのかもしれません」
それはありうることだ。
こと生物に関して言えば、俺が認めたものしか転移できないのかもしれない。
「また少し謎が解けましたね」
ディカッサは満足そうにメモを取っている。
「だが、俺に黙って実験を行ったことは言語道断だ。ディカッサには罰を与えるからな」
「む、むち打ちですか?」
レンブロ王国軍はけっこう野蛮なので、そういった罰もあるにはある。
もちろん俺はやるつもりはないが、ディカッサの顔が少し青くなっているぞ。
今後のこともあるから、少し脅しておくか。
「むち打ちに値する罪ではあるな」
「いいなあ……」
調子がくるうからリンリは黙っていなさい。
「た、隊長、勝手なことをしてしまい申し訳ありません」
さすがのサイコパスも声が震えている。
俺に経験はないが、むち打ちはかなり痛く、その後の生活もかなり辛いらしい。
傷が痛んで、まともに座ったり寝たりができなくなるという話だ。
「今回は初犯ということで十日間のトイレ掃除で許す。ピカピカに磨き上げるんだ。以後、こういうことはないように。次は容赦しないからな」
「はっ!」
めずらしく敬礼をするディカッサの横でトラがあくびをしている。
「はら、へった。ちーる、まだ?」
「すまん。すぐにやるからな。だけど、こっちでは人前で喋っちゃダメだぞ。それと巨大化もなしだ」
「ん~……、なんで?」
「みんながびっくりしてトラを捕まえようとするからな」
「かあちゃ、とうちゃ、ともしゃべっちゃだめ?」
「母さんと義父さんならいいぞ」
「わかった。かあちゃに、ちーる、もらってくる」
言うが早いかトラは前足で引き戸をスライドさせて家の中に入っていった。
「俺たちも家に入ろう」
女の子を五人も連れていたら目立って仕方がないからね。
「ただいまあ」
奥に声をかけると母さんが大慌てで飛び出してきた。
「樹! トラが! トラが喋った!」
「ああ、それな……」
興奮で舞い上がる母さんを落ち着かせて事情を説明した。
今日は祝日ということで両親が家にそろっていた。
改めて俺は部下たちを紹介する。
これでようやく全員のあいさつが終わったな。
「というわけで、これからもちょくちょく来ると思うからよろしく。ところで義父さん、車を貸してもらえないかな? みんなを連れてイコンモールに行きたいんだ」
俺たちは義父さんのSUVに乗り込み出かけることにした。
運転をしながら俺はみんなに本日の目的を確認する。
「今日やることは二つだ。異世界転移により特別な力を発揮しそうなアイテムを探すこと。みんなには資金を渡すから、それぞれ好きなものを買ってみてくれ」
助手席に座ったメーリアがうなずく。
「イコンモールで手分けをして買い物をしましょう。時間は三時間くらいでしょうか?」
「そんなもんだな。現地に着いたら集合場所を決めておこう。君たちが買い物をしている間に、俺は近くの中古車ディーラーに行ってくるよ」
「それはなんでしょうか?」
「こういった自動車を扱っている店さ」
俺はハンドルを軽くたたきながら説明した。
レンブロ王国の大多数の道は整備が行き届いていない。
だから、オフロードも走行可能なクロスカントリータイプの自動車がよいだろう。
いい出物があれば少々値が張ったとしても即契約するつもりだ。
クロスカントリータイプは日本だと盗難に遭うことが非常に多く、盗難保険がやたらと高くなる。
まあ、レンブロ王国だけで使うのなら心配はいらないけどね。
その日は、隊員一人につき3万円の買い物をしてもらい、俺は中古車ディーラーでクロカンタイプの車両一台と軽トラを二台契約した。
一気に三台も契約したのでディーラーは不思議そうにしていたけど、軽トラは両親へのプレゼントと言ってごまかしておいた。
車両整備や事務手続きのため、納車は八日後である。
時期が来たらまた異世界転生でこちらにやってくるとしよう。
車両の代金を銀行振込して、俺たちは砦に帰るために再び軽トラに乗り込んだ。
おや、トラがとことこやってきたぞ。
「にいちゃ、おれもいく」
「いいのか?」
「あっち、たのしい。おれ、たんけんしたい。かあちゃにもいった」
母さんがわかっているのなら、それでいいか。
荷台にはキャットフードもチールも積んである。
「それじゃあ、お姉ちゃんと一緒にいきましょうね♡」
猫好きのメーリアがすぐにトラを抱き上げた。
トラはすっかりメーリアに慣れてゴロゴロとのどを鳴らしている。
「トラちゃんは本当にかわいんだからっ!」
「ん、おれ、かわいい」
「そうねぇ」
いつどこでしゃべったり巨大化したりするかわからないから、俺としてもこの方が安心だな。
「よし、帰ろう。あ~、いいかな?」
俺はオートレイに確認した。
「き、き、き、緊張などしないで、サクッとやっちゃってください。か、体の準備はできています!」
それをいうなら心の準備だろう?
緊張でガチガチのオートレイとキスをして、俺たちはレンブロ王国へと戻った。
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