異世界からの品物
異世界から持ち込んだ品物は本当に特殊な効果を発揮するのだろうか?
さっそく確かめようとするディカッサだったが、酒好きの村人がそれを許してくれなかった。
「隊長さん、早くハイボールとやらを飲ませてくださいよ」
「そうそう、めずらしくて美味しいお酒なんでしょう? 俺たちはもう楽しみで、楽しみで」
「飲ませてもらうまであたしゃここを一歩も動かないからねっ!」
でっぷりと太った奥さんまで笑いながらそんなことを言う。
これはとても断れる雰囲気ではないな。
まずはみんなを満足させてしまおう。
俺が買ってきたのは4リットルの業務用ウイスキーと炭酸だ。
ロックアイスも大きなクーラーボックスに入っている。
カップはそれぞれ家から持ってきてもらいハイボールを作った。
ウイスキーと炭酸の割合は黄金比と言われる1:3だ。
1:4でもいいんだけど、村人たちは濃いのが好きそうだからね。
「なんだこれは!?」
「うめえ……」
ハイボールを飲んだ村人があちらこちらで感嘆の声を上げている。
「あたしゃ、隊長さんの嫁になるよ。そう決めたんだから!」
太った奥さんがお代わりをねだりながら求婚してきた。
「いやいや、奥さんには素敵なご亭主がいるだろう?」
たしか、そこらへんで酔っ払っていたはずだ。
俺は適当にそう言ったのだが、奥さんは顔を真っ青にさせて周囲を見回す。
「アンタ? アンタぁ!?」
「おおい、サリー。俺はここだよ」
赤ら顔の亭主が奥さんに手を振っているぞ。
夫婦ともに酒がまわっているようだ。
「ごめんよぉ、アンタ。アンタという大切な人があるのに、冗談でも隊長さんに言い寄るなんて、私は悪い奥さんだよぉ」
「愛しいサリーや、泣かないでおくれ。お前が冗談を言ってたことくらいわかっているんだ。さあ、涙を拭いて一緒に飲もう」
「ああ、優しいダーリン!」
なに、この小芝居?
いや、この夫婦だけじゃないぞ。
ハイボールを飲んだ村人はみんなどこかおかしい。
やたらと他の人を手伝ったり、相手の体を気遣ったりしている。
村いちばんの荒くれ男さえも泣いてみんなに謝っているぞ。
「すまねえ、みんな。俺はなにかっていうとすぐに頭に血が上っちまうんだ。だけどよぉ、みんなのことが嫌いってわけじゃねえんだぜ。俺はこの村のみんなを愛しているんだ。うぅ……」
「いいんだよ、おめえが悪い奴じゃねえってことはみんなわかっているんだ。魔物が襲ってきたとき、いちばん活躍してくれるのはいつだっておめえじゃねえか」
「うおぉおおお、すまねえ、すまねえ。俺ぁこれからも村のみんなを守る。だから乱暴者の俺を許してくれぇ!」
レビン村の住民は気のいい人が多いけど、これはちょっと変じゃないか?
それとも、これが村人の酔っ払い方なのかな?
ディカッサが俺に耳打ちしてきた。
「隊長、ひょっとしてこれも異世界のウイスキーが原因じゃありませんか?」
「やっぱりそうかな?」
「原因は炭酸かもしれませんし、氷かもしれませんが、ハイボールを飲んだ人は例外なく優しい気持ちになっているようです。少し実験してみます」
ディカッサは言うが早いか、ウイスキーをコップに注いで一人の村人に近づいた。
朴訥な若い青年で、この人はお酒を飲んでいないようだ。
「お兄さん、いっぱいいかがかしら?」
「ぼ、僕、お酒はちょっと……」
「あら、せっかくのお祭りですもの、少しくらいいいじゃないですか」
ディカッサは青年の手を取ってカップを握らせた。
「美味しいお酒ですよ。ささ、一口だけでも」
「はあ……」
ウイスキーを飲むと青年の態度が変わった。
「兵隊さん、なにか困っていることはありませんか? 僕でよければお手伝いします」
「いえ、あなたはもうじゅうぶんやってくれました。他の方に手を差し伸べてください」
「はいっ!」
青年がにっこり微笑んで立ち去ると、ディカッサはこちらに向き直った。
「ウイスキーが原因です」
「ためらいなく人体実験をするなよ」
「すでにこれだけの人数が飲んでいるのです。いまさら犠牲者の一人や二人……」
サイコパスがなにか言っている。
「だが、自分用のウイスキーではこんな効果はなかったぞ」
種類がちがうからかな?
「やはり個別に効果が違うのでしょう。砦に戻ったら検証が必要ですね」
優しくなった村の女性たちにお礼のキスをされたけど、異世界転移は起こらなかった。
やっぱり砦じゃないとだめなのかな?
それとも選ばれた相手だけ?
4リットルのウイスキーボトルが空になるまでハイボールを配って、夕方前に砦へと戻った。
砦に帰ると俺たちはさっそく検証作業を開始した。
まずはいちばん手近にあった軽トラだ。
「特に変化は感じられないなあ。パワーや乗り心地は変わらないし、ガソリンの減りも普通だと思う」
次にバイクを調べてみる。
「おお! いままで気にしていなかったけど、燃料がほとんど減ってない!」
見回りなどで結構使っているのにも関わらず、ガソリンがたっぷり残っていたのだ。
もともと低燃費な機種だけど、これは異常である。
他にも発電機や耕運機など日本から運んだ品物を調べたけど、これといって変わったところはなかった。
「みんなに贈ったプレゼントはどうなっている? メーリア、君の腕時計は?」
「特に変化はありませんね……」
「リンリのタクティカルブーツはどうだ?」
「とても使いやすいけど、異世界転移で付与された能力は感じられません」
「そうか。みんなもそれぞれ調べてみてくれ」
まず、アインの料理本は普通の本だった。
それからディカッサの万年筆とノートもいたって当たり前の働きしかしていないようである。
「あのノートのように、名前を書いた人間が死ぬという可能性も……」
「頼むから安易に実験するなよ」
「え~……」
反論は許さないぞ。
「オートレイのシャベルはどうだ?」
「うーん、どうでしょう……?」
オートレイはピカピカのシャベルを抱きかかえている。
「あれ、まだ使っていなかったのか?」
「もったいなくて使えませんでした……」
「悪いけど試してみてくれないか?」
「は、はい、もちろんであります」
オートレイは庭に出て土を掘った。
「とてもいい感じです!」
「魔法的効果はないかな?」
「ま、魔法的ですかぁ……」
しばらく考え込んでいたオートレイがシャベルを地面に突き刺した。
するとどうだろう、土が畝のごとく6メートルほど一直線に盛り上がっていくではないか。
「おお! なにをしたんだ?」
「土魔法を込めて使ってみました。そしたらこんな風に」
自分でもうまくいくとは思っていなかったのか、オートレイは茫然としている。
「これでまた証明されたな。日本から持ち込んだ品物はランダムで特殊能力を発揮するんだ」
チートを獲得できるものとできないものでばらつきがあるのは難点だが、これは嬉しい発見である。
「今後もいろいろと運んできて役に立つものを探すとしよう」
検証作業を終えた俺たちのところにトラがやってきた。
「にいちゃ、ごはん」
「お腹が減ったんだな。ちょっと待っていてくれよ」
キャットフードはないので鶏肉を茹でて食べさせるとしよう。
猫好きのメーリアはさっそくトラを膝にのせて、うっとりと撫でていたが、急に真面目な顔になって俺に問いかけてきた。
「隊長、私たちは異世界転移によって二つの能力を獲得しましたよね」
「ああ、言語理解とそれぞれの固有能力だな」
「そのとおりです。ということはですよ、言語を理解したトラちゃんにも、もう一つ能力があるのではないですか?」
たしかにありうる話だ。
だったら直接トラに聞いた方が話は早い。
「トラ、お前は新しい力を身に着けていないか?」
トラは俺の顔を見上げて首をかしげる。
「ん~……、おれ、でっかい……なれる」
でっかい、なれる……。
つまり巨大化!?
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