魔法薬?
朝の砦に、隊員たちを急かすメーリアの声が響いていた。
「みんな、もう七時四十七分よ。早く支度をして!」
本日、我が小隊はレビン村の村祭りに招待されている。
メーリアは副長として張り切っていて、みんなに細かく指示を出していた。
「ほら、もう五十分になってしまったじゃない。天幕を軽トラに積み込まないと」
腕の時計を見ながら細かく作業を指示するメーリアにアインが文句を言う。
「隊長に腕時計をプレゼントされたからって、いちいち細かく時間を言わなくてもいいわよ!」
メーリアの腕にはまっているのは俺がプレゼントした女性用の腕時計である。
ピンクの革バンド、四角いフレーム、文字盤は白地に黒のローマ数字表記で、とてもかわいらしい。
一日の長さはここも二十四時間なので、日本で作られた時計でも問題なく使えるのだ。
「あなたの準備はできているの、アイン? 今日の主役はある意味であなたなんだからね」
「まあ、ごらんのとおりよ」
白い礼装軍服に身を包んだアインはその場でポーズをとって見せた。
今日は祭りということもあって俺たちの小隊も出し物をすることにしたのだ。
その一つがアインの出張治療所である。
まだまだ実力不足だが、アインの治癒魔法を使って村人たちのケガや疲れを癒そうというのが趣旨である。
他にも俺の作るハイボールをふるまう予定である。
グローブナ地方は酒飲みが多いから、きっと喜んでくれるだろう。
荷物の積み込みを終えた俺は、キッチンの椅子で寝ていたトラに声をかけた。
「トラもお祭りに行くか?」
トラは片目だけを開けて考えていたが、ゆっくりと首を振った。
「ん~……いかにゃい」
昨晩はずっと砦を探検していたようなので眠いのだろう。
「だったらお留守番を頼む。だけど、砦の外へ出てはダメだからな。約束できるか?」
「ん~、でない……」
トラの頭を軽くなでてから俺は軽トラへ向かった。
砦からレビン村まで徒歩なら二時間以上かかるのだが、軽トラなら十五分もかからずに到着した。
祭りはまだ始まってなかったけど着飾った村人たちが楽しそうに通りを歩いている。
最初こそ見慣れない軽トラを怖がっていた村人たちだが、俺たちが出張診療所とめずらしい酒をふるまうと聞いてぞくぞくとこちらに集まりだした。
「隊長さん、酒はまだですかい?」
「準備があるからもう少し待っていてくれ。酔っ払う前に村長さんの挨拶でもきいてやりなよ」
「村長の話は長いんだよ。でも、まあ仕方がねえか、ガハハハッ!」
気のいい村人たちはゲラゲラと笑っていたが、天幕を張るのを手伝ってくれた。
やがて準備が整うとアインが治療をはじめた。
ただ、アインが使えるのはケガを治す治癒魔法だけで病気は治せない。
よって、やってくるのは怪我人や足腰が痛むお年寄りがメインである。
まだまだ駆け出し治癒師といったアインだが、それでも治癒魔法の効き目はあって、村人たちはとても喜んでいる。
中には治療をしてくれるアインを拝むおばあちゃんまでいた。
「おほほほ、およしになって、慈しみ深きグローブナの聖女だなんて呼ぶのは!」
「誰も呼んでないわよ」
メーリアがツッコミを入れるがアインはますます調子に乗っている。
人々に感謝されてアインもまんざらでもないようだ。
「さあ、どんどんいくわよ。次のかた、いらっしゃって!」
機嫌よく患者を診ていたのはよかったが、いきなりぶっ倒れた。
どうやら調子に乗りすぎて魔力切れを起こしてしまったようだ。
「おい、しっかりしろ」
「ぎ、ぎもぢわるいぃ……。な、なにか飲みものを……くだ……さい……」
飲み物と言っても、魔力切れを起こしている治癒師にハイボールを飲ませるわけにもいかないな。
そうだ! こいつを飲ませてやろう。
俺はクーラーボックスの中からよく冷えたエナジードリンクを取り出した。
これにはカフェインが入っているので、頭がしゃっきりするかもしれない。
「ほら、飲んでみろ」
ぐったりしているアインを助け起こしてエナジードリンクを飲ませた。
すると、青い顔をしていたアインの頬に赤みが差し、とつぜん元気になった。
「あれ?」
むくりと起き上がったアインが不思議そうに左右を見回している。
「隊長、私にMPポーションを飲ませましたか?」
「いや、これは日本から持ってきたエナジードリンクというものだけど……」
「そうですよね。MPポーションなんて高価なもの、このあたりじゃ売ってないですから。でも、どういうわけか私の魔力が回復しています」
「なんですって!」
いちばんに反応したのはディカッサだった。
ディカッサは右手の人差し指と中指から小さな火炎を出し、左手の手のひらから風を出してそれを吹き消した。
「おい、なにを遊んでいるんだ?」
「遊んでなんていません。魔力を消費しているんですよ!」
消費というか浪費だよな。
しばらく火炎と風を操っていたディカッサがエナドリの缶に手を伸ばして中身を飲み下した。
「本当だ。魔力が回復する……」
「本当かよ?」
確認のために俺も魔動波を空撃ちした。
渾身の力を込めて三発撃ったので、魔力はだいぶ減っている。
「俺にもエナドリをくれ」
「あ、ごめんなさぁい」
「私たちで全部飲んでしましました」
だったら仕方がない、新しいのを出すまでだ。
俺はクーラーボックスから新しいエナジードリンクの缶を出して飲んだ。
「あれ? 魔力なんて回復しないぞ」
「そんなバカな!」
ディカッサが俺から缶を取り上げて一口飲んだ。
「本当です……。こちらの缶だと魔力は回復しません」
「いや、そもそもどうしてエナジードリンクで魔力が回復するんだよ。眠気の減退や元気の回復ならわかるけどさ」
「てか、本妻を差し置いて、どうしてディカッサが隊長と間接キスしているのよっ!」
話を混ぜ返すアインを無視してディカッサが口を開いた。
「ひょっとするとチートかもしれません」
「チートって……、俺たちが異世界転移で特殊能力を得たように、エナジードリンクも特殊能力を得たというのか?」
「猫でさえ特殊能力を開花させたのです。その可能性はおおいにあります」
「だが、魔力が回復したのはそっちの缶だけだ。こっちのを飲んでもなにも起こらなかったんだぞ」
ディカッサはしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「個別に能力が違うのかもしれません。もしくは能力を得られるものと、得られないものがあるのかもしれません」
「能力が違うとは?」
「あちらのエナドリには魔力回復の効果がありました。ですが、こちらはそうでなかった。ひょっとすると他の効果があるのかもしれませんよ。それがなんなのか我々が気づかなかっただけかもしれません」
「もしくは効果を得られなかった、ということか」
「隊長、これは本格的に調べる必要がありそうですね」
そうつぶやくディカッサの目が爛々と燃えていた。
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