それぞれの思い
その日の夕飯はアインが作ったチキンライスだった。
「隊長、いかがですか? お口に合うといいのですが」
アインは心配そうに俺を見つめたが、チキンライスは非常によくできている。
「とても美味しいよ。はじめて作ったとは思えないほどだ」
発電機と炊飯ジャーを使ったご飯も美味く炊けていて一安心だ。
「みんなはどうだ? ご飯が苦手な人はいないか?」
レンブロ王国ではパンが主食だ。
米の飯が苦手な人がいるかもしれないと心配したが、みんな美味しそうに食べている。
この様子だと今後もご飯をメインに据えた料理をだしても問題はなさそうだ。
次はカレーライスにでも挑戦してみようか?
そんなことを考えていたら猛烈にカレーが食べたくなってきた。
だって、二年ぶりだぜ。
二年もカレーライスを食べていなかったなんて信じられないよ。
アインとは仲がよくないメーリアもチキンライスについては素直に絶賛している。
「アインが作ったとは思えないくらい美味しいです。きっとこの、赤いソースがいいのでしょうね」
「それはケチャップという調味料だよ」
みんなケチャップが気に入っているようだ。
「フライドポテトやチキンナゲットにつけても美味しいんだ。ジャガイモなら補給物資が届いたから、今度やってみよう」
滞っていた補給も、今日になってようやく届いた。
本部まで出向くことにならなくて安心したよ。
これでしばらくはのんびりできそうだ。
「アイン二等兵、これからもお料理を頑張っちゃいます!」
「それは楽しみだな。最近では治癒魔法の練習もしているだろう? 感心するよ」
最近のアインはやたらとやる気を見せている。
なにかにつけて「制裁、制裁」とつぶやくのが少し怖いが……。
「でも練習は植物相手だからうまくいかないことも多いんです。村や町まで連れて行っていただけたら本物の怪我人を診られるのですが……」
「それはいいな。こんど一緒にいくか? 村の人も喜ぶだろう」
「ありがとうございます! 出張デートですね♡ やっぱり正妻は私ね……」
大喜びのアインに対してメーリアは仏頂面をしていた。
アインだけ褒められて悔しかったかな?
だが、俺はメーリアも努力していることを知っている。
「ここのところメーリアは朝が早いな」
「申し訳ありません! 起こしてしまいましたか?」
「早朝から弓の訓練をしているのだろう? かまわないさ。ちょっと見せてもらったけど、だいぶ的に当たるようになったじゃないか。練習が実を結んでいる。俺も負けてられないな」
「隊長……、見ていてくださったのですね」
はにかむメーリアの前にディカッサがしゃしゃり出てきた。
「修練なら私も負けていませんわ。隊長、ごらんください」
ディカッサは左手をだし、人差し指と中指からライターの火くらいの小さな炎だした。
「それは?」
「名付けてツーフィンガー・ファイヤー。隊長の蔵書にございました悪役将軍の技ですわ。本来は五本の指で出すものですが、まだまだ修行は半ば、いまはこれが精いっぱい……」
最近のディカッサはどっぷりと漫画沼にはまっているな。
「なんの役に立つかはわからないが努力は認めるよ」
各部隊のお荷物だった隊員たちだけど、それぞれに頑張っていて喜ばしいことである。
「それじゃあ、ごちそうさま。俺は軽トラや発電機にガソリンの補充をしてくるから」
満腹になった俺は食堂を後にした。
***
香取樹が食堂を去るとメーリアは隣に座っていたリンリに声をかけた。
「今日はびっくりしたわ。隊長と訓練していると思ったら、いきなりキスするんだもの」
「ごめんなさい。でも、私の番だったし、一発入れられたらたまらない気持ちになっちゃって……」
リンリの気持ちを理解できる隊員はいない。
「そんなにすごかったの?」
「ゴリゴリとお腹の奥まで入ってきて、イっちゃいました。あんなのはじめて……」
顔を赤らめるリンリに隊員たちはドン引きである。
気まずくなったメーリアは話題を変えた。
「そう言えば、異世界転移による特殊能力はどうなったの?」
「それなら私も会得したよ。ものすごく体が丈夫になったの 防御力が上がったって感じかな!」
リンリは嬉しそうだがメーリアは納得いかない。
「体が丈夫になっただけ?」
「おそらく身体強化魔法の一種だね。今なら隊長の魔動波をくらっても一発なら倒れない自信があるよ。あ、もちろん手を抜いてもらってだけど」
「すごいじゃない!」
褒められたリンリも嬉しそうだ。
「隊長の魔動波を二発まで耐えられる。それはつまり……」
「つまり?」
「連続イきが可能ということです!」
嬉しそうに腹筋を叩くリンリに周囲の隊員はさらにさらにドン引きだった。
ティーカップを置いたディカッサが全員に語りかけた。
「ところで今後のことなんだけど、順番は今までどおりでいいわよね?」
その言葉の意味をメーリアは飲み込めていない。
「順番って?」
「キスのことよ。だってそうでしょう? 隊長は定期的に日本へ帰りたいんじゃないのかしら? 私も新しい漫画を持ってきてほしいし、今後もキスは必要よ」
「そ、それは……そうよね……。でも、あの隊長が自分の都合でキスをしてくれなんて頼むかしら?」
これに反応したのはアインだ。
「隊長が頼みづらいのなら、私からお誘いするわ。きっと喜んでキスしてくれるでしょうね」
「待って、順番からいったら次は私よ!」
それを聞いてアインはニタリと笑った。
「へぇ~、真面目ちゃんが隊長に言えるの? 隊長、私とキスしてください♡ って」
自分を小ばかにした態度にメーリアはムッと反発した。
「い、言うわよ……」
「へぇ、見てみたいものね、真面目ちゃんがキスをせがむ姿を。お手並み拝見だわ」
アインはポンと膝を打って立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「パン種の二次発酵の具合を見に行くの」
初めてのパン焼きにアインは挑戦しているのだ。
「意外なところでマメなのね……」
「男をものにするのに必要なのは二つよ。料理上手と床上手。どちらもアンタには無理でしょうけど」
「うるさい!」
「せいぜい頑張りなさい」
アインはキッチンの方へ行ってしまった。
途方に暮れるメーリアにリンリがアドバイスする。
「口に出しにくいのなら手紙にしたらどう? 私と違ってメーリアは文章が上手じゃない」
「そうか……、そういう手もあるわね。ありがとう、リンリ。やってみるわ」
メーリアは決意してうなずいた。
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