今後の課題
電動シェーバーと大きな鏡を使って朝の身支度を整えた。
やっぱり便利だなあ。
鏡は二枚買ってきたので兵士たちの洗面所にもひとつ設置してある。
今頃は隊員たちも使っていることだろう。
身だしなみを整えると食堂まで降りてきたが隊員たちの姿はどこにもなかった。
いったいどこにいるのだろう?
みんなを探しながら見回っていると洗面所の方から声が聞こえてきた。
「アイン、早くそこをどいてくれない?」
あれはメーリアの声だな。
「まだ髪を整えている最中よ。待っていて」
「そうやってもう五分以上も鏡を覗き込んでいるじゃない!」
「やあねえ、ブスの僻みは」
「なんですって!」
文句を言っているのはメーリアだけでなく、他の隊員たちからもブーイングがあがっている。
やれやれ、鏡の取り合いが起きているのか。
砦の平和のためにもあと四枚は仕入れる必要がありそうだ。
賢明な俺は女の争いに首を突っ込むことはせず、一人でキッチンに向かった。
先に朝食を作っておこうと考えたのだ。
まずはボウルに十二個の卵を割り入れる。
メインディッシュは目玉焼きでいいだろう。
黒くならないうちにバナナも食べてしまうか。
隊員たちははじめてだろうから、食べ方を教えてやらないとなるまい。
食パンはフライパンで焦げ目をつけて、バターとマーマレードの小皿を添える。
茹でて水けを切ったブロッコリーを目玉焼きの皿にのせれば朝食は完成だ。
「小隊集合!」
洗面所に向かって大声で叫ぶと、慌てた五人が駆け足で入ってきた。
「小隊集合しました。何事でしょうか!?」
メーリアが敬礼しながら聞いてきた。
「少し早いが朝食の準備ができたから食べてくれ」
「こ、これは……、失礼しました!」
「鏡は買い足す。その代わり今後当番は遅刻をしないように」
「はいっ!」
朝食の席では日本で買ってきた寝具の話題で持ちきりだった。
彼女たちが遅刻したのは、いつもより深く眠ってしまったのも原因だったようだ。
オートレイはうっとりと感想を述べる。
「あんなに素敵な寝床ははじめてです。まるで王女様になった気分でした」
それに対するアインの答えはこうだ。
「王女様で間違っていないわ。私たちは天空王の花嫁になるのですから!」
天空王とはなんだろう?
天空の花嫁なら知っているが、逆にアインたちが知っているわけないもんな……。
ひょっとしたら、そういう小説がはやっているのかもしれない。
学生時代からドラマやアイドルには疎く、俺はクラスの女子の話題についていけなかったものだ。
きっとあれと同じ現象が起きているのだろう。
朝食が終わると俺はバイクで周囲を偵察することにした。
ここ数週間ほど魔物の出現はないようだが、警戒は必要である。
「隊長だけで平気でしょうか?」
「かまわない。昨晩、バイクの整備をしたから調子を確認する意味もあるんだ」
普段の見回りは徒歩で行うが、バイクなら所要時間は大幅に短縮できる。
今日はずっと広い範囲まで見回ることができるだろう。
今後はバイクや軽トラで見回りをするべきだろうな。
なんとなれば砦用の車両を新規に購入する手もありだ。
軍が使うジープタイプとかなら便利でカッコいい。
いずれ検討してみよう。
バイクにまたがるとディカッサが前に進み出た。
「今日は私が日本へお供しますから時間厳守でお願いします」
そのときはキスをしなければならないというのに、ディカッサに恥じらう様子は一切ない。
自分の欲求を最優先させるディカッサにとって、キスくらいどうということはないのかもしれない。
「昼前には戻るよ。準備をしておいてくれ」
俺はエンジンをかけて見回りに出かけた。
初夏のグローブナ地方はツーリング日和だった。
平原は見晴らしが素晴らしく、素肌に吹き付ける風が気持ちいい。
北側に向かって5キロメートルほど進むと道幅は一気に細くなり路面も荒れてきた。
オフロードタイプのバイクでなければ走ることは困難だっただろう。
ここをまっすぐ行くと大山脈地帯に通じる。
だがこの道を越えて隣国へ行き来する人はもういない。
ここは古の道であり、現代では海路を使うのが一般的なのだ。
国境は山の頂上だが、そこまで行ったことのある隊員は一人もいない。
俺もその必要はないと考えている。
いよいよ道が険しくなったところで俺は焚き火の後を発見した。
不審な痕跡ではあるが、山岳地帯の人が物を売り買いするために来たり、猟師や薬取りが野営することもあるらしい。
山賊の恐れもあるが、こんなところまでくる人間は滅多にいないだろう。
たとえお尋ね者であっても、こんな山深くまで逃げてはこないはずだ。
それにしても俺たちの警備範囲はかなり広い。
本部も万全の警備を期待しているわけじゃないだろうが、自分の仕事には責任を持ちたいのだ。
隊員たちの安全や効率を考えると、やるべきことや買うべきものはまだまだいろいろありそうだ。
まずは彼女たちに軽トラの運転を覚えてもらわなければならない。
オートマティックだからそれほど難しくはないだろう。
それから無線機について調べて、いいものがあったら購入だな。
これだけで任務の効率は大幅に上がるはずだ。
ある程度まで道を確認してから俺は砦へと引き返した。
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