第八話
後宮に入った藍は、早速、国王の側妃の延花宮に入り込んでいた。
「花花と申します。延貴妃様。此度は、流行り病で手が足らぬと伺い出仕いたしました。よろしくお願い申し上げます。」
「うむ。花花か。これまでは、どの宮にいたのじゃ?」
「これまでは、辺境の守の屋敷にてお仕え致しておりました。都はさることながら宮中は、初めての出仕にて戸惑う事ばかりでございます。」
「そうか。宮中は、初めてか…。明典、この者に作法など教えてよく使えるようにしてあげなさい。」
明典は、コクリと頷いた後、藍に目配せでついてくるように促した。
「花花。私は、ここの侍女頭じゃ。分らぬことは、私に直ぐに聞きなさい。それから、宮中の務めで一番大事なことはな…ここでの出来事は、見ざる、言わざる、聞かざるじゃ。そうしてこそ長く勤められる。分ったな?良いか?」
藍は、明典の瞳をまっすぐ見て頷いた。だが、いつものように相手を自分のペースに乗せる。
「はい。明典様。ところで、側妃様は、お優しいですか~?」
「そ、そなた…。さっき言った意味が分かっておらぬのか?」
「いえいえ。そのようなことはございません。ですがですね、小主様に対して、真摯に向き合うためには、それなりに小主様のことが分かっていないといけないと思いまして。例えば、お好きな食べ物や…。あっ嫌いなことなど押さえておかねば、お気を悪くされたらとんでもないことにございません事?」
藍があまりにも饒舌に聞くため、明典はぐっとこらえた後、少しだけ答えた。
「ここだけの話だ。心して聞きなさい。」
「はい。必ず守ります。」
そうやって、隙間をついては、明典から情報を抜き出し続けるのに成功した。すぐにでも持ち帰りたい情報もあったが、月涼からの絶対に自分からこちらへ来るなと言われたことを忠実に守って、七日ほどの日がたったころだった。ひょいと側妃の庭先に黄黄が現れた。
「にゃーおん。にゃ~。」
「おや、猫だね。花花、こっちへ連れてこれるか?」
「はい。小主様。おいで~。猫ちゃん。こっちこっち。」
黄黄は、わざとらしく藍の足に絡みついて鳴き声を立てながらすり寄ってきて。藍は、『やっぱり、黄黄だ』と気づき首輪の踏みをそっと袂に隠して抱き上げ延貴妃の元に連れて行った。
「小主様、爪でお怪我されませぬように。」
「ほほ。其方は気が利くな。この子の爪を後で、切ってあげてたもれ。最近、来なんだが…。どこかでかわいがってもらっていたのかえ?猫よ。」
「小主様、この猫は、前からこの庭に来ていたのですか?」
「ああ。たまにふらりと来ては、我が膝で日向ぼっこをして帰っていくのだ。愛しい子だ。」
藍は、なるほどと思った。猫ならここでの会話を見聞きしても何とも思わない。だから、月に後宮の情報が入っていたのか。ったく。『これじゃ、俺の情報も要らないんじゃないのか?』とちょっとすねそうな藍だったが、袂の手紙を読んだ後、そんな気分は、一転したのだった。
『藍へ、黄黄によると側妃の夜伽が途切れていないらしい。その者を探れ。黄黄じゃそこは、分からんからな。夜伽に近づこうにも奥部屋すぎて、捕まえられて何度も外に掘り出されたらしい。』
「えーあれの声、聞く係…。嫌なんだけど。」
藍は、今まで、新人ということで当番も回ってこなければ、まさか、夜伽が行われているなんて思ってもみなかった。だが、月涼の命令とあらばその任につくしかなかった。
『月のバカ』と心で叫ぶ、藍。そして、『堂々と夜伽ができる人物って?いったい誰なんだ』国王が危篤の中、後宮に簡単に出入りできる人物なのは、間違いないわけだが心当たりのある人物が分かるわけでもなく次の夜伽の当番まで待つしかなかった。