第三十四話
「くそ!!俺としたことが…。こんなところで、果てるわけに行かない!!」
仁軌は、あの日、朝議に出席するようにと呼び出され控えの間にいた。左大臣がそこへやってきて、『重慶の居場所を知らないか?』と聞きに来たのだ。重慶の居場所は、知らないがいつものように諸国を遊歴しているはず、いつ頃帰るかまでは聞いていないが、海南地方まで行くようなことを言っていたと適当に答えた。
左大臣は、『そうか…。ならば、ことが終わってから帰ってきそうだな。』そうつぶやいた後、侍女が酒をもってやってくるのだった。侍女は、『朝議が始まるのは、明け方になりそうなので食事を用意した』と言って、仁軌の前に膳を用意し酒を注ぎ始めた。左大臣の前にもそれは用意され、同じ酒を注ぎ、左大臣が先に飲み干したのを確認した仁軌は、油断してしまったのである。薬は、器にぬられていたのだ。その後は、今の状態だった。
「はあ~喉も乾くし…。最悪だ。見張りがいないうえにほったらかしとは、ずいぶん甘く見られたもんだぜ。」
城壁に張り付けられている状態で、誰かくればすぐわかるとばかりに、見張りもつけられずに放置されたのが幸いした。黄黄がそろそろと近づいてきたのだ。
「にゃおーん。」
「お!!黄黄じゃねーか。良いところに来た。おい。助けろ。」
「はあ?何がいいところに来ただよ?しかも助けろ?せめて、助けてくださいぐらい言ってくれてもいいんじゃない?猫だと思ってるからそんな風に言うんですよね?」
黄黄は、へそを曲げてフイとそっぽを向いた。
そんな状況を遠くから確認していた北光国の兵士は、大笑いしながら『猫にもそっぽを向かれているみたいだぜ』と双眼鏡で確認し合っていた。
「おいおい。黄黄様!!頼むから助けてください。」
黄黄は、仕方ないと言った感じで、わざと毛づくろいをしてから仁軌の周りをグルグル周り、今度は、愛想よくじゃれつく雰囲気を兵士たちに見える用に行動した。兵士たちもそれを確認していたが『猫に遊ばれて…戦が起これば、天下の将軍だった仁軌も可哀そうな奴だ。』と笑い飛ばし双眼鏡で、確認するのもやめてしまった。
「仁軌さん。近くの見張りがいないので、普通に話せますが西に二人、東に一人です。先ほどまで見ていたようですが、双眼鏡の光の反射が消えました。多分、猫だと安心したのでしょう。」
「そそうか…。だが、いつ確認するか分からないな…。とりあえずこの継子芝居を打つって事か?脱出は、双眼鏡で見づらくなる夕刻まで待つとするか。」
「まあ、そうなりますね。わざとあなたに飛びついて遊んでいるように見せながら綱を緩めておきますから…。後は、自分で何とかしてくださいよ。」
「は?それだけか?」
「これ以上どうしろと?あっそうそう、全員、西安の湯治場で集結です。そこを目指してくださいね。馬は、適当に見つけたのを木につないでおきますから。文句は無しですよ。これから宮中に入り込んで、仲達さんの確認もしなくちゃならないんですから、自分でできることは、自分でしてください。じゃ。」
黄黄は、そう言い残してひょいっと近くの塀に上りすたすたと歩いていくのだった。それを尻目に、仁軌は、『せめて、水も持ってきて欲しかったな』とぼやきながら日が暮れるのを待つのだった。ようやく日が暮れ始め逆光で見えづらくなるころ、緩まっていた綱を一気に引きちぎり、地面へドスンと落ち縛り付けから解放された。
「いってててて~。しばらく体に鞭打ってなかったからな…。なまっているのもいいとこだぜ。さあ、大暴れする準備だ。待ってろよ月涼。何する気か分からんが参戦させていただくぜ!!」
仁軌は、雄たけびを上げながら、その場を後にした。仁軌がいなくなったのが分かるのは、兵士が油断して眠りこけた明け方のことであった。




