十七話
先ほど頼んだ酒がいつまでたっても届けられないと思った月涼は、藍に見に行かせることにした。
「藍、何かおかしい気がする。厨まで行って酒を受け取ってきてくれ。」
「そうだな。ちょっと時間がかかりすぎているな。見てくるよ。」
「頼むぞ。花花。」
こくりと頷いて、藍が部屋を後にすると月涼は、脱出ルートの確保にかかった。何かあれば、延妃を連れていくのか自分だけ脱出するのかをいろいろ判断しなくてはならない。事が起こってからそのようなことを考えている暇などないと思えたからだ。
「延妃。重慶と忍びで出るときのルートを詳しく教えてくれ。何か嫌な予感がする。藍は、ほっておいても大丈夫だ。貴方と私と一緒に出るのかどうかも考えたい。」
延妃は、重慶が作った抜け出し口を月涼に教えて、自分も連れて出てほしいと言った。
「王が目を覚ませば、いつか、夜伽を受け入れねばならなくなる。どうしても耐えられん。今日、一緒に出て神隠しにでもあったことにできれば…。庶民の生活でいい。静かに過ごしたい。父の道具のまま生きとうないのじゃ。」
「重慶が好きなのですか?」
「いや…。あれは、ただの幼馴染じゃ。妾は、まだ、そのような気持ちを持ったことが無い。大臣の娘とは言え…。小さき頃は、本宅にも入れなかった側女の娘でな、母と田舎で暮らして居った。10歳のころ、母が亡くなってから引き取られたのだ。貧しかったが、あの頃の方が良いのじゃ。誰かに焦がれて出たいのではなく…。自分らしくありたいのだ。頼みを聞いてくれぬか?」
「なるほど。ですが延妃、今は、色んな状況を考えて動かねばなりません。申し訳ないですが、私に従って動いていただけませんか?悪いようにはしません。重慶の友として。」
「わかった。」
その時だった藍が小走りに帰ってきて扉を開けた。
「月!やられた。厨の者たちが倒れている。明典の姿もない。」
「小梅は?小梅はいたか?花花。」
「小梅は…。とりあえず、息はあった。その場にいるわけに行かず、とりあえずここに戻ってきたから倒れている理由がつかめなかった。」
月涼は、神妙な面持ちで、思案した。これが、合図ならすべてを延妃に擦り付けて、右大臣諸共失脚させれる状況が生まれたという事か?ならば、国王がもう危ない状況かもしれない。
「藍。この後、廷尉の足音が聞こえたらわざと叫び声をあげよ。延妃がいなくなったと錯乱させて時間を稼いでくれ。その後、輪を探してくれ。連絡は黄黄でするんだ。」
「月は?これからどうするの?」
「延妃を連れて脱出する。このまま、ここにいれば、犯人として地下牢だろうからな。」
「わかった。じゃあ、ここで。」
「ああ。多分、廷尉がそろそろやってきそうだ。その前に、退散だ…。延妃は、重慶と脱出するときの服に着替えてください。」
「うむ。用意して居る。」
延妃が、着替えると月涼も衣を脱ぎ捨てて身軽になり、部屋をわざと散らかして攫われた様相にして、脱出ルートへと急いだ。
「花花は?本当に大丈夫であろうか?明典がスパイだったのか?月涼?」
「ん~。とりあえず、関わっていることは、間違いないですね。とりあえず、ここを出てから考えることにしましょう。まずは、身の安全の確保ですからね。」
延妃は、口びるをぎゅっとかんで頷いた。その頃、藍は、駆け付けた廷尉に酒を取りに行ったら御厨の人たちが倒れていて、それを知らせに戻ったら延妃が攫われていなくなったと泣きながら(猿芝居)しなだれかかって見せた。
「ああ。泣くでない。さぞ驚いたことだろう。とにかく後で調書を取るので、自分の部屋にでも戻って休みなさい。」
廷尉にそういわれた藍は、泣きつかれたという感じを見せながらその場を後にして、輪を探しに行くのだった。