第十三話
ここの湯治場は、北光国でもかなり大きな湯治場で、宿も完備されている有名なところだ。一般客と貴賓専用のスペースにも分かれており、諸外国からも都合のいいお忍びの旅にもよく使われている所だ。
それゆえに、貴賓同士で、小競り合いはちょくちょくあるらしい。どちらの方が上だからとか何とか…だ。店の者のそこ等へんには、慣れっこの様で今回の件も夕食を豪華にして気持ちを抑えてもらうサービスを当たり前のようにしてくるのだ。
「お客様、先ほどは、湯殿でいろいろとあったとか?申し訳ございません。」
「いいえ。姫様は、何とも思っておられません。それより、先ほどの方と食事をする約束ですの。」
「まあ、そうでございますか?ならば、お詫びと言っては何ですが…火の国から手に入れた逸品物の酒がありますので、そちらをお持ちしても?」
月涼は、ルーリーに目配せをして、酒を頼むように合図する。
「それでしら…。ご厚意にあずかりますわ。」
そうこうとやり取りをしていると延妃が来る先ぶれがやってきた。
「お客様の到着でございます。お通しいたします。」
「ええ。」
「お言葉に甘えてまいりました。海南国の方。」
「ほほほ。ささ、そちらの席へ。」
月涼が延妃にゆったりとした声で答える。先ほどと違うまた美しい月涼を見て目が離せない延妃だった。
「さて、私が海南国だとなぜ?お判りになられました?」
「お召し物と独特の海南国の顔立ちが故…。違いましたか?あ、でも、我が国の言葉も流暢でございますわ。」
「いえ。海南国の公家の者です。会っておりますわ。言葉は、子供のころからの友に教わりましたの。」
「そうでしたのね。失礼ですがお名前を伺っても?」
「そうですわね。海南国の方とずっと呼ばれるわけにもいきませんものね。リャンリーと申します。こちらの文字で涼麗ですわ。」
西蘭国と北光国の文字は、同じだ。もとは、一つの国だったからだ。皇位争いが起きたときに朝廷が二分したことで国が分断したのだ。その頃の名残で文字は同じなのだ。ただ、単語によっては、同じ文字を使っていても違う意味になる場合があるのだ。
月涼が丁寧に伝えると、延妃もニコリと顔に笑みを浮かべてから言った。
「素敵な響きのある名ですね。貴方のためだけの名であるように思えます。」
「まあ、そのように言っていただいても何も出ませんことよ。ふふふ。」
そばで、この会話を聞いているルーリーは、吐きそうになっていた。『気持ち悪すぎる…。だいたいあんな言葉使えたんだな。この人。』と頭の中でグルグルその思いが回っていた。だが、この延妃から、いろいろと聞き出すためにも先ほどの火の国の酒で、酔ってもらわねばならない。そう思ったルーリーは、早速、月涼に晩酌を勧める合図の目配せをした。
「延妃様…。宿の者が先ほどのお詫びにと火の国から手に入れた酒を持ってきています。一献どうですか?」
「まあ、それは、楽しみですこと。」
「では、ルーリー。もってきておくれ。」
ここで、先ほどの侍女『小梅』が割って入る。先に毒見をさせろというのだ。
「大切な延妃様の身に何かあっては、私たちの責任となります。どうか毒見の許可を延妃様!!」
「其方は、固いの…小梅。宜しいですか?言い出したら聞かぬので。」
月涼がこくりと頷き、ルーリーがすかさず、侍女の前に盃を差し出した。それと食事も毒見してよいと並べ立てる。小梅は、満面の笑みでその酒と料理に手を付けるのだった。