第十二話
それぞれがこの国にで役目を果たしながら、大体の道筋が描き始めてきたなと月涼は思っていた。もう一歩踏み込んだ情報が欲しいと思っていたところで、入ってきた情報は、延妃によるものだった。湯治先を調べて、男装をやめ本来の姿に戻った月涼は、延妃に上手く接触することができたのだ。
月涼は、海南国にいる母方の祖父を利用してジアン公の孫(嘘ではない)として湯治場に赴いたのである。『あまりじい様の事を使いたくないんだが、仕方ない西蘭国の隠されてた公女とも言えんしな…。』いつものようにぼやきつつ、湯につかりながら、湯治場に来るであろう延妃を先回りして陣取っていたのだ。
「無礼者!!誰ぞ?居らぬか?延妃の入るはずの湯に先に入っているものがおる!」
湯治場の使用にたちが慌てて、湯殿に数名がやってくる。月涼は、上手く事が運んでほくそ笑んだ。
「あら、私が間違っていたのかしら?」
「いえ。こちらに案内されましたわ。姫様。」
「そうよね…。他国故、言葉が違ったのかしら?まあ良い。私が上がれば済むのであろう。」
「そんな!!姫様…。」
「そうよ。上がりなさい!!こちらは、延妃様の湯殿なんだから!!」
月涼と自分の女官たちの会話が聞こえた延妃が、叫んでいた女官の後ろから出てきた。
「これ。大声を出して、異国の方が驚いているではないか…。手違いがあったのであろう。」
延妃の女官が、シャーっと鳴いて、飛びつきそうな猫の様にいら立っている。
「ですが小主様!!」
「湯治場の者に確認してほかの湯に入ればよいではないか?」
「いいえ。この湯が子宝にも恵まれて健全になると言われている湯なんです!」
月涼が、自分の侍従に目配せをして答える。月涼の侍従がそっと湯あみ用の着物の上に羽織ものを肩にかける。
「まあ。そのように意味のある湯殿だったとは…。」お互い落ち度がなかったとはいえ…。大騒ぎにするのもなんですわ。まだ濡髪も乾かぬ故…。」
そこで初めて延妃は、月涼の姿を見て、ハッとして生唾を飲み込んだ。何とも麗しく艶めかしい女人である。『この世にこれほどの美女が…異人であるだけではないな…。』目が釘付けになりぼーっと考え込む。
「どうされましたか?お気分でも悪くなられましたか?そちらの方?」
「小主様?大丈夫でございますか?」
「いや。大丈夫だ。小梅」
そう言いながらも、月涼の姿に目のやり場に困る男のような、そぶりをしてしまう延妃だった。
「ご縁と言っては、なんですが?私は、湯殿でぬくもれましたので、この後、夕食を取ります。宜しければ、ご一緒にいかがですか?」
「え?ああ。では、私も湯に浸かって温まった後、使いを出しましょう。」
延妃は、月涼の提案を快く受けて。湯殿に入っていった。
「うまくいきましたね。月涼様。」
「これ、その名は、今使うな。海南の名で呼びなさい。」
「はーい。リャンリー様。」
ペロッと舌を出し、クスクスと笑いを堪えながら話すこの侍従は、ジアン公の所で一緒に育ったルーリーだ。北光国に来る前に、たまたま遊びに来ていたルーリーを何かに使えそうだと思った月涼は、旅行だと言って連れてきていたのである。
「まさか、こんな作戦に使われるための旅行とは…。あとで、なんかくださいね。リャンリー様。」
「わかった。わかった。おう、そうだな~。お前、結婚していなかったよな?じい様がお前の相手に誰が良いかずっと言っていたからな~。今回の褒美に結婚相手でも探してやるよ。」
「はあ?そんなこと言うならリャンリー様の方でしょ?結婚なんてめんどくさい。」
「あーはははは。だからお前と気が合うんだよ。ルーリー。」
二人は、小競り合いをしながら部屋で身支度を整え、延妃との夕食の準備を忙しなく整えるのだった。