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9、アレックスにはわからない

 シンガーが不退転の覚悟で次々と魔力操作を繰り出すなか、アレックスは言い知れない不安を感じていた。

 アレックスは爆発それ自体には何ら動揺していなかった。

 たしかに規模は模擬戦のそれではなかったが、MSCCを経験しているアレックスにとっては脅威ではなかった。

 だが、アレックスは本能的にシンガーの気迫を感じ取っていた。いくら模擬戦の成績が重要とはいえ、これほど鬼気迫る態度で試合に臨む学徒は不気味だった。

 何かを裏に隠していることは明白だったが、それを推し量る術をアレックスはもっていなかった。シンガーの気迫の裏にある劣等感や対抗意識など、アレックスには知るよしもなかった。

 ふと、ノエルなら何かを掴むことができるのだろうか、という考えがアレックスの脳裏に浮かんだ。

 ノエルの言う情報の価値とは、今のような状況をくつがえす切り札という意味なのだろうか。

 そのとき、シンガーの繰り出した火球がアレックスの頬をかすめた。


「っ・・・!」


 シンガーは砂粒を銃弾の形に固めて超高速ではじき出していた。銃弾は空気中の分子と強烈にぶつかりあい、光を発する。これが火球の正体だった。

 むろん、口で言うほど簡単な魔力操作ではない。砂粒が光を発するには10km/sのスピードで空気中の分子にぶつける必要がある。要求される魔力量と操作の精度は並大抵のものではない。シンガーをして初めて可能な操作であり、模擬戦で使用禁止の3等級の魔力操作に片足をつっこんでいた。

 しかし、講師は介入するそぶりを見せない。先ほどの爆発をスルーしたことで、今更ストップをかけることには心理的な抵抗があった。

 すべてはシンガーの想定どおりだった。シンガーはたて続けに火球を放つ。

 アレックスは直感で回避することが不可能だと判断し、シンガーに対して砂塵の障壁を展開した。そのうえで自身を硬化させる魔力操作を行い、一気に距離を詰めた。

 シンガーは自身の足に魔力操作を行い、アレックスから離れようと試みる。しかし、実力差のあるアレックスを引き離すことはできない。

 アレックスは飛び上がってシンガーの胸元に蹴りを入れた。適切なタイミングで魔力操作を加えることで、少ない魔力で蹴りの威力は倍加する。

 シンガーは吹き飛ばされた。かろうじて受け身を取るが、ダメージを抑えることはできなかった。

「げほっ・・・」

 地面に倒れたシンガーは苦しそうに肩で息をしていた。アレックスは追撃せず、じっと立って見つめていた。

 やがてシンガーはゆっくりと立ち上がると、アレックスに向き合った。

 シンガーの顔は苦悶にゆがんでいたが、口角は上がっていて、笑みを浮かべようとしているのが分かった。

「いやいや、やっぱりかなわないな。本当に強いよ、きみは」

 シンガーはそう言って笑ったが、強く咳き込んだ。

「お前も強かったぞ」

 アレックスは言った。

「強かった、か」

 シンガーはまた笑みを浮かべようとしたが、表情は硬く、歯ぎしりに変わった。

「たしかにきみは強い。ぼくが学生生活のすべてを費やしても、きみに真正面から打ち勝つことはできないだろう。本当なら、ぼくがRANK1位の座についていたはずなのに・・・」

「RANKなんてしょせん非公式の身内ルールだ。気にするだけ無駄だ」

「ははは。さすがRANK1位は言うことが違うな」

「おれはもうRANK1位に値しないよ」

 アレックスは本心からそう言った。何位になるかはわからないが、ノエルに敗北した自分は少なくとも1位ではない。

 どれほど模擬戦やMSCCで勝ち星を積み重ねても、あの敗北を消すことはできない。

 しかし、アレックスがシンガーの鬱屈を知らないように、シンガーもアレックスの敗北感を知らなかった。だから、シンガーには嫌味な謙遜に聞こえた。

「きみがどう思っているか知らないけど、ぼくにはその地位が何よりも重要だったんだ」

 シンガーは言った。暗く沈んだ声だったが、どこか深いところからふつふつと湧き上がるものがあった。

「ぼくには魔力しかないんだ。ぼくから魔力をとったら誰も見向きもしなくなる。ちびで醜いぼくが、やっと人間として認められたんだ・・・」

「・・・」

「きみにはわからないだろう?すれ違う人がみな、ぼくを見てくすくすと笑うんだ。ぼくがいないところで陰口をたたくんだ。それなのにぼくがやってくると目を合わそうともしない。誰もぼくと正面から向き合ってくれない。魔力がないぼくは、そんな人間だったんだ・・・・もう嫌だ・・・陰で蔑まれる毎日は、もうたくさんだ!」

 シンガーはおもむろに右腕を上げた。指先を銃弾の形状に曲げた。


「ぼくを恨んでくれるなよ」


 シンガーは全身全霊の魔力を指先にこめた。

 先ほどアレックスを襲った火球。それとはくらべものにならないほどの規模の火球が発生した。激しく燃える火球の周囲には気流が発生し、砂煙が巻き起こる。周囲の気体を取り込んで、火球はどんどん肥大化する。

 シンガーは左腕を添えて魔力操作に集中した。過度な魔力集中で右腕の神経が悲鳴を上げる。シンガーは歯を食いしばって火球を維持する。

 火球は3等級を飛び越えて2等級クラスの規模に膨れ上がった。

 シンガーが雄たけびを上げて火球を解き放つのと、アレックスが最大魔力で防御魔力を敷くのは、ほぼ同時だった。


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