8、アレックスは対峙する
「両者、準備はよろしいですか?」
講師は双方を見やった。
「3等級以上の魔力操作は禁止。身体に甚大な被害が及ぶと判断した時点で、私が拘束します。ルール違反は学内規則によって厳罰に処されるのでそのつもりで・・・では、始めてください」
アレックスとシンガーの模擬戦が始まった。
先にしかけたのはシンガーだった。
シンガーは地面を蹴って砂埃を起こすと、それらに干渉して膝元に砂埃の雲を作り出した。くるりと身体を一回転させて、雲を蹴る動きをすると、発生した風に干渉して砂埃の雲をアレックスに飛ばした。
模擬戦の会場は、けがを防ぐために粒の非常に細かい砂地がクッションのように敷き詰められていた。細かい砂はわずかな風で遠くまで飛んでいく。シンガーは最小限の魔力干渉で砂埃を飛ばした。
アレックスは自身の周囲を取り巻く砂埃に向かって手をはらった。シンガーと同様、最小限の魔力操作で風を増幅し、アレックスは視界を確保した。
しかし、それこそがシンガーの狙いだった。
砂埃のなかには、20ミクロン以下の極小粒子から100ミクロン程度の浮遊しない粒子まで、さまざまな不純物が含まれている。それらは両者の起こした風に巻き上がるなかでぶつかりあい、その際に生じた摩擦は、不純物どうしの電荷の授受をうながす。
つまり、静電気が生じるのである。
「っ・・・」
シンガーは静電気の発生を見逃さなかった。わずかな静電気に対してすかさず魔力操作を行い、増幅させる。
一般の学徒には不可能な、極小の対象への的確な魔力操作。アレックスは警戒心を強めた。
シンガーは集中していた。シンガーが巻き起こした砂埃は大量の酸素を内包したままアレックスの周囲に浮遊している。増幅された静電気は、シンガーの制御下で砂埃のなかで独立した状態を保っている。
シンガーはタイミングを見計らって、静電気への魔力操作を解いた。
その瞬間、アレックスの周囲で閃光がはじけた。一瞬遅れて激しい爆音がとどろき、遠くで見守っていた学徒たちは耳をふさいだ。
これこそがシンガーの狙いだった。アレックスの周囲を舞っていた砂埃が、静電気という着火源を得て粉塵爆発を起こしたのだ。
爆発の後、もうもうとした煙が立ち上り、周囲は騒然とした空気に包まれた。
演習場の遠くで基礎訓練をしていたアンジーのもとにも、爆発の衝撃は伝わってきた。
「アレックス!」
基礎練習組はその時、消火の魔力操作の演習を行っていたが、用意されていたランタンの火は爆発の風圧ですっかり消えてしまった。
模擬戦でこれほど激しい戦闘が起こることはまれだった。何事かと野次馬が集まってくる。アンジーはどんどん後方に追いやられていった。
状況が分からず、アンジーは不安になった。アレックスが敗北するとは思えなかったが・・・アンジーは自分のさらに後方をみやった。
ノエルは姿勢一つ眉一つ動かさず、冷めた目つきで模擬戦を見ていた。実技などまるで興味がない様子だった。
自分より華奢なこの女学徒が、本当にアレックスを倒したのだろうか。にわかには信じられなかった。
しかし、それがもし本当なら、とアンジーは思う。模擬戦でアレックスの身に何か起こることだって・・・
アンジーの動悸は激しくなった。
レフェリーである講師は、介入すべきかどうか逡巡した。爆発を起こす魔力操作は規模によって3等級と4等級に分けられるが、進行中の戦闘においてその規模を正確にはかることは困難だった。
結局、講師は戦闘を続行させた。粉塵のかげから、アレックスの立っている姿が確認できたからである。
爆発の瞬間、アレックスは自身の足と足元に魔力操作を行い、地面を強く踏みつけた。硬化された足は軟化した地面を深く穿ち、即席の塹壕となってアレックスの身を守ったのである。
試合開始からわずか5分。双方ともに魔力を粋を極めた操作の応酬だった。唯一の違いは、シンガーが知識や理論に基づいて思考しながら操作しているのに対し、アレックスはほとんど感覚のみで操作していることだった。
その意味では、軍配はアレックスに上がったと言える。
しかし、シンガーにとってこの展開は想定どおりだった。今まで負けっぱなしのアレックス相手に、この程度の魔力操作で決着をつけられると思うほど楽天家ではなかった。
あくまでこの粉塵爆発は布石。攻撃を防いだとアレックスを油断させると同時に、レフェリーに対して「介入せずに戦闘を続行させた」と言質を取ることが目的だった。
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