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6、アレックスは信じる

 翌日は魔力操作の演習から始まった。


 同学年を魔力操作の練度に応じて二つに分け、一方は基礎的な魔力操作の訓練を、もう一方はMSCCを見据えた1対1での模擬戦を行う。

 アレックスは後者、アンジーは前者だった。

 ノエルはどちらだろう、とアレックスは周囲を見回した。演習場には100名近くの学徒が集合している。その中から特定の一人を見分けるのは困難だった。

 あるいは、昨日の発言どおり、ノエルは演習に出席していないのかもしれない。

 あれほどの実力がありながら、演習は無意味と断言したノエル。アレックスは心の奥がくすぶるのを感じた。

 アレックスにはまだ情報の価値というものが分からない。そんなものがなくてもRANK1位の座に上り詰めたのがアレックスだったからだ。

 だが、ノエルの言は理路整然としているように思えた。少なくともアレックスには真正面から反論することはできそうになかった。

 それでもアレックスが素直になれないのは、両親のことが忘れられないからだった。

 アレックスにとって両親とは人生の指針だった。両親に報いるべくこの学校に入り、士官学校を目指し、魔力操作の技術を磨いてきたのだった。

 そんな両親のたどった道筋に、ノエルのいう情報は何の意味ももたらさなかった。


 戦場では情報など腹の足しにもならない。


 それはアレックスの信念とも呼べるものにまでなっていた。

 戦場では魔力操作の技術が、精度がすべてだ。いかに素早く、いかに的確に敵の弱点を強襲できるか。戦場の勝敗は突き詰めていくとそこに帰結するとアレックスは思っていた。

 だからこそ、自分を圧倒する実力がありながら演習を軽んじるノエルが、アレックスには歯がゆかった。


「なにぼーっとしてるの」

 気が付くと傍らにアンジーが来ていた。

 演習場の遠くでは、基礎訓練組が3キロのプレートをまっすぐ積み上げる訓練をしていた。ある程度の質量をもった物体を自分の意図通りに動かす魔力操作は、基礎中の基礎だった。

「お前こそこんなところで何してるんだ。基礎訓練はどうした」

「わたしはもうパスしたもの」

 アンジーは笑った。

「今はわたしよりアレックスよ。演習中に呆けた顔するなんて珍しいじゃない。何か気にかかることでもあるの?」

「別に・・・いや」

 模擬戦でのアレックスの出番まではまだ時間があった。アレックスは少し質問してみたくなった。

「なあ、ノエルっていう学徒のことを知ってるか?」

「ええ、知ってるわ」

「知っているのか?」

 アレックスは驚いた。

 自分がどれだけ調べても名前すらわからなかったのに、アンジーは知っているというのだった。

「あまり目立つ学徒じゃないから詳しくは知らないけど、名前と顔くらいならわかるわよ。ほら、今日もあそこに」

 アンジーは基礎訓練組の片隅を指さした。

 アレックスが見逃していたその一隅に、膝を立てて座っている女学徒がいた。遠目だが、あのざんぎり頭は間違いなくノエルだった。

「ノエルさん、めったに演習には出席しないし授業もさぼりがちだから、わたしも話したことは一度もないの」

「なぜ今日は出席してるんだ」

「進級が危ういんじゃないかしら。ノエルさんが赤点という話は聞いたことがないけど、そもそも出席日数が足りなければ上の学年には進めないわ」

 そう言ってから、アンジーはじろりとアレックスを見た。

「でも、アレックスは女の人に興味を示すなんて珍しいわね。ああいう子が好みなのかしら」

「好みなわけあるもんか。あいつはおれの宿敵なんだぞ」

「宿敵?」

「MSCCの決勝戦だよ」

 するとアンジーは驚きで目を丸くした。

「あの時の対戦相手がノエルさんだったの?女性だったことは覚えてたけど、顔と名前までは・・・そう、ノエルさんだったのね・・・」

 アンジーはうつむき加減で考え込んだ。

「ノエルさんにそれほどの実力があったなんて驚きだわ。基礎訓練組だし演習にも消極的だから、てっきり魔力操作は不得手だと思っていたのに」

 実力を隠す理由があるのかしら、とアンジーはつぶやいた。

 わからない、とアレックスは首を振った。

「そういえばMSCC以降もノエルさんが話題に上ることはなかったわ。本人が意図して影をひそめていたのなら、それも納得なのかしら・・・」

 それからもしばらくアンジーの独り言は続いた。その間、アレックスはノエルを見つめていた。

 ノエルは退屈そうな表情だった。集団の片隅で小さく座っている。時々、ノエルの番が回ってくるが、明らかにおざなりな魔力操作で、欠点だけを回避するような態度だった。

 アレックスにはノエルが手を抜いているのは明白だったが、ほかの学徒や講師は気づいていない様子だった。アンジーの言うようにこの状況がノエルの意図したものならば、相当うまく立ち回っていると言える。

 だが、アレックスはもやもやとした気持ちを抱えていた。ノエルを見つめる表情は自然と厳しいものになっていった。

 やがてアンジーが独り言から帰ってきて、あきらめたように、

「まあいいわ。どうしても知りたいことは本人に訊けばいいんだし。何にせよ、アレックスはノエルさんに好意を持っていて気にしていたわけじゃないのね」

「当たり前だ」

 アレックスは憮然として言った。ちょうどその時、模擬戦で激しい戦闘が起こったために、アンジーの安堵の息はアレックスの耳には届かなかった。

 現在進行中の模擬戦が決着すれば、次はアレックスの番だ。アレックスはアンジーに別れを告げて、待機場所から模擬戦会場に向かった。

 最後にちらりとノエルを見やったが、退屈そうに座っている様子に変化はなかった。


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