18,アレックスは備える
ノエルはいつもの空き教室に入ると、開口一番、
「再試合を相手が呑んだことは聞いてるかしら」
とアレックスに問いかけた。
「相手、っていうのは、シンガーのことか」
「他に誰がいるっていうのよ」
ノエルはあきれ顔だ。
「そうよ。そのシンガーが、あなたとの再試合を呑んだのよ。再試合の正式な日程が掲示板に掲載されたから、学校じゃその話題で持ちきりみたいだけど、あなた聞いてないの?」
「そういえば・・・」
アンジーがそんなことを言っていたような気もする。だがあの時は、ノエルとの関係をどう説明するかに気をとられていて、あまり話を聞いていなかった。
「あなた、ほんとに軍人になること以外には頓着しないのね。再試合のこともどうでもいいとか思ってるの?」
「何を言ってる、模擬戦の結果は重要だぞ。模擬戦で結果を出せない人間が、本物の戦場で武勲をあげられるわけがない」
「はあ・・・」
ノエルはため息をついた。アレックスはきょとんとした顔をしている。
「まあ、いいわ。模擬戦を真剣に考えているなら、わたしがわざわざ出向いた甲斐があったわ」
「模擬戦がどうかしたのか?」
「再試合を相手が呑んだというだけで、わたしがわざわざ学校に出向くと思ってるの?」
「お前はここの学生じゃないのか・・・?」
今度はアレックスがあきれ顔をする番だった。
「わたしがわざわざ出張ってきたのは、あなたに忠告をするためよ」
「忠告?」
「気をつけなさい」
ノエルはずいと顔を近づけてきた。アレックスは思わずのけぞった。
「あなたの対戦相手、何か良からぬことを考えているみたいよ」
「良からぬこと・・・?」
アレックスはぴんときた。
前回の模擬戦が破棄された理由は、シンガーがルール範囲外の2等級魔力操作を使用したからだった。その結果、周囲の学徒が巻き込まれ、アレックスがけがを負う事態になったわけだが・・・
「また不正な魔力操作をするって言うのか?」
「さあね」
「さあねって・・・」
「具体的にどう仕掛けてくるかは分かっていないのよ。ただ、まともな模擬戦にならないことだけは間違いないわ」
「・・・その根拠は?」
アレックスはたずねた。
「シンガーに接触した謎の存在がいるわ」
「謎の存在?」
突拍子もない言葉にアレックスは首をかしげる。
「わたしの情報網に、シンガーに接触した学徒の目撃情報が引っかかったの。その目撃情報をもとに検索をかけたんだけど・・・」
「そんな学徒はいなかった?」
「ご名答。ずいぶん賢くなったわね。日々の勉強の賜物かしら」
「・・・おかげ様で」
ノエルはにやにやして満足気だった。
「それで、その謎の学徒がいったいシンガーに何を吹き込んだって言うんだ」
「あなたと仲直りする方法じゃないのは確かね」
「そんなことはわかってる」
「まあ、あなたを出し抜く裏技を吹き込んだ、という筋が妥当じゃないかしらね」
「おれを出し抜く?より大きな火球をぶつけるとか?」
「相手だってそこまで単純じゃないでしょう。そもそも、あなたはわたしをかばうために無理な行動をしなければ、2等級クラスの火球だって防げたんじゃない?」
「それは、そうだな」
アレックスはうなずいた。事実だったからだ。
「つまり、上から物理的に押し付ける戦略は、圧倒的な魔力量を誇るあなたには効果がないってこと。謎の学徒もそのことはわかっているはずだから、シンガーには別の方策を授けたはずよ」
「別の方策?」
「そう。いわば、対アレックス用の必勝法よ」
「おれが模擬戦に負けるって言うのか」
「ほら、膝から崩れ落ちて立てなくなる」
アレックスは座っていた椅子からなだれ落ちた。
「・・・」
アレックスは無言でノエルをにらんだ。
ノエルは笑いをこらえながらアレックスを見下した。
「まだまだ心理操作には耐性がないわね。・・・はい、もういいわ」
ノエルがぱんと手を打つと、アレックスの足腰に力が戻ってきた。アレックスは無言でズボンのほこりを払った。
「どう?負けるビジョンが視えてきたんじゃない?」
「・・・心理操作をされたらあるいは、な」
だが、とアレックスは続ける。
「心理操作なんて誰にでもできる魔力操作じゃないだろう。仮に謎の生徒がその方法をシンガーに教えたとして、一朝一夕でできるものなのか」
「難しい質問ね」
ノエルはあごに手をやった。
「わたしと同レベルの魔力操作ができるとは思えないけれど、シンガーがまったく使いこなせない、というのも考えにくいわ。少なくとも2等級クラスの火球を発生させる技術はあったわけだし」
「・・・おれはどうすればいい?」
「そんな心配そうな顔しないの。わたしがいるじゃない」
「・・・助けてくれるのか?」
「何のためにわたしがいると思ってるのよ」
アレックスは呆けたようにノエルの顔をまじまじと見つめた。
「お前、いいやつなんだな」
「なっ」
ノエルがかっと頬を赤らめた。
「ば、馬鹿にするなら帰るわよ!」
「ち、違う違う。ただ、そこまで手を焼いてくれるのが意外だっただけだ」
「意外って・・・別にわたしだって冷血漢ってわけじゃないのよ」
「悪かったよ」
それで、とアレックスは続ける。
「具体的にはどうするんだ。心理操作への対策なんてあるのか」
「あるわ」
ノエルはきっぱりと断言した。
「あるのか?」
「ええ、それもとびきり単純なものが」
「それは・・・?」
ノエルはにやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。
アレックスは嫌な予感がした。




