1、魔力技能総合競技会
国家によって文化の有り様や流行の足取りは数多ある。それらが螺鈿のように絡み合った末に、国家の特徴というものが現れる。
帝国においては、それは魔力主義という形で現れた。
力でもって世界を治めるに至った歴史的背景も相まって、帝国では魔力を至上とする思想が支配的となった。
それは、学術分野の衰退を招いた一方で、魔力によって優劣が決まるという単純な社会をもたらした。
戦場でより勲功をあげた者、より強力な攻撃魔法を開発した者、より効率的な戦術陣形を考案した者。
それらがこの国で出世のはしごをのぼってゆく。
そうした魔力主義を、戦場を知らない学徒たちは魔力技能総合競技会という場で知ることになる。
MSCCの略称で知られるこの競技会は名目上、学徒たちの健全な精神育成と魔力操作の向上を目的としているが、実際のところは、帝国軍による選抜試験に利用されている。
1対1で勝敗が明確に分かれるこの競技会は、魔力の上下関係をはかるうってつけの機会であり、この競技会の成績に応じて、学徒たちの将来が決定される。
有望な成績をおさめた者は、国家最高の教育機関である士官学校への入学の機会が与えられる。上位3名になるとほぼ入学は約束されたも同然で、将来は帝国軍の幹部候補として安泰の地位が与えられる。
学徒たちはこの特典を目当てに、MSCC上位を狙うのである。
帝国暦××3年、MSCC決勝戦。
国立競技場屋外エリア一帯を貸し切って行われるMSCCも、この決勝戦で幕引きである。これまでの予選大会を通じて、すでに会場は惨憺たる有様である。
MSCCでは、平時には制限されている魔力量や魔力操作の対象に制限がない。死者が出ないように帝国軍から将校がレフェリーとして監督するのみで、そのほかは学徒に委ねられている。
格差のあるマッチングであれば再起不能のけがを負うことも少なくない。
観客も巻き込み事故防止のために、別会場で映像で観戦することになっている。
それほどまでに危険で、かつその危険を冒すほどに魅力的な大会。
それがMSCCである。
だが、アレックスは緊張していなかった。
自分の持つ素養を信頼していたし、何より、彼にとっては再起不能のけがなどもはや恐れる結末ではなかった。
彼にとって恐ろしいのは、敗北ただそれだけだった。
そして、その唯一が今目の前で起こっていることに、アレックスは驚きを隠せなかった。
砂埃が巻き上がる地面に顔を沈めている彼の正面には、対戦相手の気配がある。
女性であることは知っていたが、それ以上のことは知らなかった。魔力で勝敗が決するMSCCでは、体格で劣る女性が勝ち上がることも珍しくはなかった。
しかし、誰が相手であっても自分が膝をつくことなど、アレックスは予想だにしていなかった。まして今、彼は力尽きたように地面を舐めている。
完敗だった。
何とか立ち上がろうとアレックスは身体に力をこめるが、かろうじて指先が動くだけだった。
対戦相手の足音が聞こえる。レフェリーの声は聞こえない。かろうじて同級生のアンジーの駆け寄る姿を視界にとらえて、アレックスの意識は落ちていった。
その間際、対戦相手が試合中に発した言葉が脳裏にこだました。
脈絡もないその言葉を聞いた瞬間、アレックスは地面に倒れこんだのだった。
「ほら、もう足がすくんで立てなくなる」
まるで、その言葉自体が魔法であるかのようだった。
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