第14話 好きな人だからこそ
梨沙の家に初めて訪れた日、俺はかなり緊張していた。家は思ったより大きくて、初めての訪問で心臓がドキドキした。
「じゃあ行こうか」
梨沙が言うけど、本当にこれでいいのか、まだ頭の中でぐるぐる考えてた。
「何を緊張してるの?」
緊張してるのを見て、梨沙は笑いながら言う。
当たり前じゃん、こんな時緊張するよな。
梨沙は俺の手を握りながら家の中に引き込んでいった。
彼女の家はいい香りがして、なんだか落ち着く雰囲気だった。
「姉ちゃんの部屋みたいだな」
そう思いながらリビングに向かう。
すると梨沙が「何か軽く作ろうか?」って提案してきた。
「え、お前料理できるのか?」
「うーん、まあね。うちの弟がいるから、親がいない時はね」
意外な一面を見せた。
「うーん適当に作るね」
意外な才能に俺は驚いているとそう言ってくれた。
そして、ふと「もううちに泊まっていけば?」と言うのだ。そんなこと言われても、俺は「いや、それは流石に……」って思ってしまった。でも、時間も時間だし、もう遅いし……。
さて、どうすべきか?普通に考えたら、まずいよな。梨沙が何を考えてるのか、俺には全く読めない。こんな状況、想像もしてなかったから、正直、どう行動していいのかわからなかった。
梨沙の家で、料理をする姿を見ながら、俺はこれからのことをどうするべきか、本当に悩んでいたんだ。
梨沙がキッチンに立つ姿は、なんというか、意外と家庭的だった。エプロンをしっかりと身につけ、髪の毛を一つに束ねて、完全に料理モードに入っている。彼女の手際は意外にも慣れたもので、野菜をサッと切ったり、フライパンを器用に振ったりしている。キッチンの中で彼女は完全に自分の世界に没頭していて、その集中力はまるで試合中のサッカープレイヤーみたいだ。
「何を作ってるの?」
「秘密!」
梨沙はニヤリとした。
その表情にはいたずらっぽさがあって、俺は思わず緊張が解けた。
火にかけた鍋からは、シュウシュウと音が立っていて、いい香りが立ち込めてくる。たまには料理をする女の子の姿って、なんだか新鮮で、ちょっとドキドキしちゃうものだな。
彼女が料理をする横顔は真剣そのもので、時折、舌をちょっと出して集中している姿は、なんだかとてもかわいらしかった。料理中の彼女からは、普段のワイルドなマネージャーとはまた違う、柔らかな雰囲気が漂っていた。
そんな梨沙を見ていると、俺はふと考え込んでしまう。彼女はいつも俺たちを支えてくれるけど、彼女自身を支えてくれる人はいるのかなって。そんなことを考えていると、梨沙が「優矢、味見して!」って言って、小さなスプーンを差し出してきた。
彼女の料理を口にする瞬間、俺たちの間には新しい絆が生まれているような気がした。
夜が更けていく中、梨沙のキッチンで二人きりだった。出来た料理は炒飯と餃子で、テーブルの上に並ぶと俺はつい「おー」と声を上げちゃったよ。匂いだけでもう既にヨダレが出そうだった。
「適当にしては素晴らしい出来だな」
そう言いながら、俺は梨沙の料理に大感激。うまい、まさかこんなに美味いものが食べられるなんて、梨沙はなかなかの腕前だったんだ。
梨沙は「美味しい?」って聞いてきたから、「うん、マジで美味いぜ」と大絶賛。
梨沙の家での夕食は、俺の心に新鮮な印象を残した。炒飯の香ばしさと餃子の外はパリパリで中はジューシーな味わいは、彼女の料理スキルの証だった。
食べてる最中にちょっと喉に詰まりそうになって、梨沙がすかさず飲み物を差し出してくれた。あっという間に完食して、二人で後片付けをしながらも話す。
俺たちは自然と手分けして片付けを始めた。流しで皿を洗う梨沙の横顔は、集中しているときの梨沙の美しさを浮き彫りにした。
「ありがとう、梨沙! こんな美味しい食事を用意してくれて」
俺は言った。彼女は振り返り、俺の目を真っ直ぐに見つめて「優矢が喜んでくれると私も嬉しいよ」と返した。その瞬間、俺たちの間には言葉では表せない深い理解が流れた。
「いやー美味かったな」としみじみ言った。
「ちょっと緊張したけど、よかった」
そう言いながら皿を洗ってた。
そのとき、梨沙がふと言った。
「ねぇ?これってなんか夫婦みたいだよね」
その一言で、俺の心臓がドキッとした。そんなこと言われた日にゃ、変な気持ちになるってのに。けど、その言葉がなんだか心地いいような、妙な感じがしたんだ。
梨沙とのこんな日常的なやり取りは、なんだか新鮮で、ちょっと楽しい。これから先、こんな時間がもっと増えていくのかなって考えると、わくわくしてくる。夜の静けさの中で、梨沙との時間は、なんだか特別なものに思えた。でもまぁ、そんなこと考えるのはまだ早いか。
梨沙の家での夜、不意に緊張の糸がぴんと張り詰めた。梨沙がそんな冗談を言うことはあるけれど、今の彼女の様子はいつもと違った。キッチンの水道を止めて、ゆっくりとこちらを向く。そのまなざしは、なにかを訴えかけるようで、俺の胸をざわつかせた。
梨沙が水道を止めてじっと俺の目を見た。その視線にはいつものハキハキした彼女の影が薄れ、どこか緊張した色がにじんでいた。彼女は何かを言いたげに唇を開いたが、出てきたのはため息と共に小さな声だった。
「ねえ、冗談でこんなこと言わないよ」
その声には照れくさい柔らかさが含まれていて、彼女のいつもと違う一面が垣間見えた。そして、俺の目をまっすぐに見ながら、彼女はもっと静かに、もっと真剣に語りかけた。
「この間のゲーセンで、あんたが私のためにくまのぬいぐるみを取ってくれたこと、すごく嬉しかったんだ」
俺が「それもあるけど?」と問い返すと、彼女は少し照れたように笑って、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。そこにいつもの梨沙の自信はなく、なんだかはかなげな少女のようだった。
「あんたが、そう、私のために一生懸命になってくれたこと! それが本当に……嬉しくて」
そして、彼女は俺の瞳を見て、そのまま心の奥底からの言葉を紡いだ。
「だって、好きな人にとってもらったものだから」
俺はその瞬間、息を呑んだ。彼女の言葉はいつもの弾けるような笑いではなく、真剣そのものだった。そして、その表情は……えと、驚きを隠せないほどに、純粋な感情がにじみ出ていた。
その瞬間、俺の心臓は跳ねた。梨沙の普段見せないような照れた様子と、彼女の言葉が意味する深さに、俺は言葉を失った。彼女の瞳には、俺に対する淡い情熱が、静かな火のように揺れていた。
梨沙の目に映る俺は、ただ呆然と立っているだけだった。彼女の誠実さに心を動かされ、俺は彼女の隣にいることの意味を改めて感じ取った。彼女が口に出してはいけない本音を漏らしたことで、俺たちの関係は間違いなく新しいステージに足を踏み入れていた。
キッチンの灯りの下、二人きりの世界がほんのりと温かく、外の夜風が窓を優しく叩く中、俺たちの間に流れる空気は、以前とはまるで違っていた。それは、予期せぬ告白がもたらした、微妙な距離感と新鮮なドキドキだった。
梨沙の目が俺をじっと見ていた。真剣そのもので、冗談じゃないっていうのが一目でわかる。あのいつもの明るい梨沙からは想像もつかないような、熱を帯びた視線だ。
「そ、それで返事はどうなの? 私は結構……本気なんだけど」
梨沙は言った。
彼女の言葉に、俺の心臓はまた一回踏みとどまる。え、本気って……マジで? こんなこと、いつもの梨沙なら絶対に言わない。言うはずがない。でも、彼女の眼差しは嘘をついていない。そこには本気の重さがある。
「い、いや、いきなりそんな……」
俺は口ごもる。何を言えばいいのか、俺にもわからない。いや、わかるんだ。答えは心の中にある。梨沙のことが好きかって? うん、好きだよ。でも、それは友達としての好きか、それとも……。
「俺も、梨沙のことは……」
言葉を続けるのが、急にとても難しく感じられた。なんて答えたらいいんだろう。梨沙の本気の告白に、俺の心は揺れていた。こんなにも直接的に好意をぶつけられたことがない。だから、どう反応していいのか、正直、サッパリだ。
でも、梨沙が待っている。真剣な表情で。返事を求めるその瞳には、期待と不安が交錯している。俺は深呼吸を一つして、彼女の目を見返した。これから出る言葉が、俺たちの関係をどう変えるか、それはわからない。でも、正直に、素直に、心の中の言葉を紡ぐしかないんだ。
「梨沙、お前のことは……」




