トライアングルレッスンD 〜ユイコとタクミの前日譚〜
『小説家になろうラジオ』の看板企画、『トライアングルレッスンD』に採用されたお話の前日譚です。
風呂上がりに棒アイスを食べながら、自室へ向かう途中、手に持つスマホによく知る名前が表示され、心臓がドクンッと跳ね上がった。
「ユイコ?」
こんな時間に?と不安と緊張が入り混じる中、駆け足で部屋に入り、すぐさま電話に出ると
「タクミ〜!助けて〜!!!」
今にも泣き出しそうな声。ヒロシと付き合ったばかりなのに、アイツはもうユイコを泣かせたのか!?と苛立ちを覚える。
「ユイコ!?どうした!?何があった!?」
焦るオレをよそに、ユイコは啜り泣きながらこう答えた。
「明日初デートなんだけど、服が決まらないの…。」
「…はぁ!?」なんだそんなこと…。
「ユイコなら何着てってもヒロシは喜ぶだろ。」
「でも初デートだよ!一生に一度だし!
それにかわいいって思ってもらいたいんだもん。自分でも考えたけど、全然決められなくて…。
タクミなら幼馴染だしヒロシの好み、熟知してるかなと思って!」
無邪気に話すユイコに『こっちの身にもなれよ』と頭をよぎる。これだから天然は…。
「ったく、仕方ないなー。」といつものように甘やかしてしまう。
「やった!タクミ、ありがと!でね、これとこれで悩んでるんだけど…。」
「ユイコさん…。電話だからこれと言われましても…。」
「あっ!そうだった!ちょっと待って!!」
と言い、ユイコはしばらく無言になった。どうしたのかと画面を見つめていると、突然スマホの画面にユイコのドアップな顔が表示される。
不意をつかれたオレは、込み上げてくる感情を必死に抑え『普通』を演じる。
「ビデオ通話なら見えるでしょ?」
「あっ…。あぁ。サンキュー。」
ユイコの部屋が映り、子供の頃とあまり変わってない安心感を覚えると同時に、Tシャツにホットパンツという初めて見るユイコの部屋着姿に平常心を保つのが難しい。
「で、どれとどれで悩んでるの?」
邪な感情をなんとか拭いたくて、話を無理やり戻した。
「この花柄のワンピースか、白レースのトップスにスカートか…。ただスカートが決まらなくて…。」
そんな格好したらかわいいに決まってるだろ。と言いかけ辞める。自分のためではなく、他の男のために必死になってるユイコにもその相手にも嫉妬した。頭を冷やすために残り一口のアイスを一気にほうばる。
「そこにデニムのスカート見えるけど、それを白い服に合わせれば?ここだけの話、ヒロシさん、デニム大好物ですよ♪」
「ホント!?じゃあ合わせてみる!着替えるから待ってて!!」
「はぁっ!?ちょっ!?着がっ!?えっ!?」
思春期男子にとってなんと体に悪い発言。見たいような、見ていいのかと悩んでいると画面が突然真っ暗になる。おそらく着替えるのに画面を伏せたらしい。当然だ。
「こんな感じー!どうかな?」
本人も満足なのか顔から笑みがこぼれてる。あまりの可愛さに、明日隣に立つ男がオレではないのかと虚しくなった。オレは平静を取り繕って
「いいんじゃねっ!これならヒロシもイチコロだっ!」と努めて明るく振る舞った。
「ありがとう!ただ脚出過ぎじゃない?すごい気合い入ってるみたいに見えないかな?」
「大丈夫だろ。そんな風には見えないし、ユイコ、脚綺麗だから気にすることないと思うけど…。」
電話越しに真っ赤な顔をしたユイコを見て、しまった!と思った。これが深夜テンションなのか…とオレも顔を真っ赤にしていると
「…じゃあ、相談に乗ってくれてありがとね。おやすみ」
「おぉ…。おやすみ。明日楽しんでこいよ。」
ユイコはニコッと笑い電話を切った。
ふと食べ終わったアイスの棒に目をやり、思わず苦笑する。
「オレは『はずれ』だっつーの。」
と言って、ゴミ箱に棒を捨てる。
そこには『あたり』と書かれていた。