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人類最初の言葉

作者: 雉白書屋

 とある小学校の教室。田井中京子は黒板にチョークで文字を書き連ねる。

そこに紙飛行機が衝突し、先端が折れて床に転がるも彼女は表情を崩さない。


「――と、言うわけで私たちの遠いご先祖はこのような暮らしをしていたんですね。

……じゃあ、もっともっと遠いご先祖様。

お猿さんみたいだった頃はどんな暮らしをしていたんでしょう!」


 田井中京子は振り返り、生徒たちを見渡す。


「えー猿?」

「ウホッ! ウホウホ!」

「ははっそれはゴリラだろ」

「そうだよ! 猿はこうウキー!」

「いや、動物園だとこんな感じだったぞアーッ! アーッ!」

「アッアッアアアアー!」


「ふふふ、そうね。じゃあそのお猿さんたちは最初になんて喋ったのかな?

みんなで考えてみようか」


「んーチンコ!」

「ウンコウンコ!」

「ババア! ババア! アアア!」

「アッアッアアーー!」


「ふふふ! ヒトシくん、いいわよ! そう、あいうえお順のように

もしかしたら最初の言葉は『あ』だったかもしれないわね!

じゃあ、その『あ』がどう変化するか、みんなでやってみましょう!

ほら、みんな椅子から立って! アアッー! アー! アアアー! さあ、一緒に!」


「アアッー!」

「アアアアア!」

「アッアッアッアッ!」

「アウー! アウアウアウアウ!」


「アアッーアアアアアア! いいわよみんな! そう、もっと猿になるの! そうよ!

いいわよコウジくん! 机の上に乗っちゃって! そうよ! すごいじゃない!

Tシャツなんて脱いじゃっていいわよ!

お猿さんが服を着るかなぁ!? 着ないよねぇ! さあほらもっともっとぉ!

アアアアッー! アウアウアウアウウウウウウアアアア!」


「アウーアアアア!」

「アオッオオオアオッ!」

「アウッアウウウアオッ!」

「アアアイイイアアア!」

「アーイ! アイアイ!」


 ――猿共め。


 田井中京子は目を血走らせ、髪を振り乱しながらも

そのようにどこか冷めた気持ちで教室の有様を見ていた。

 

 学級崩壊。このクラスは元々手が付けられなくなっていた。

媚びへつらい、なんとか授業を進める日々。

これまでこいつらの嫌がらせや保護者からの謂れのない苦情にも耐えてきた。

……いや、されるがままだった。おかげで胃に穴があいた。

もう限界だ。こいつらは人じゃない。猿だ。猿猿猿猿。

 だがそれゆえに一度調子に乗れば場の空気、周囲との相乗効果もあり

勢いは留まらず、増す。ええ、良く知っていますとも。

この前は紙飛行機から始まりエスカレートし、コンパスを投げつけられた。

 でも今回は違う。私が乗せてやった。この私が。

そら、男の子も女の子もとうとう裸になり叫んでいる。

この教室に仕掛けた隠しカメラ。それらが今、四方八方からこいつらを映している。

 復讐してやる。大公開だ。でも今すぐじゃない。

こいつらが成長し、恥じらいを覚えるようになった時が楽しみだ。

無毛なつるっつるのお猿さんたち実名付きでネットに後悔してやる。

馬鹿な猿猿クズ猿クズバカバカ猿猿猿バカクズバカバカバカバカバカ……



「アハハハハハイヤアアアアアアアアアアアアアウゥ!」


 田井中京子は教卓の上に飛び乗り、叫んだ。

 それは本人にとって勝利の雄叫びのつもりだったが

濁流のように押し寄せる本能がそれを食い止める理性の防壁を破壊した音だった。

 服を脱ぎ捨て叫ぶ。自分一人だけすまし顔をしていては連中の熱が冷めてしまう。

そう考えたゆえの行動のはずだったが、場の空気に飲まれたのは彼女も同じ。

やがて他の猿と同じように糞尿を垂れ流し始めた。

 そして湧き上がる激情のまま子猿たちを殴りつけ、爪を立て、肉に噛みついたのだ。



 人類が最初に発した言葉。

 それは助けを求める類の言葉だったのではないだろうか。


 騒ぎを聞きつけた教員に連行されるように、連れ出された彼女の痛ましい慟哭が

ただ虚しく廊下に響き渡っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しい教室の空気から一変…というショートショートでした。 理性を捨てた京子はもしかすると 原始の人類が初めて言葉を発したくなった時の気持ちに到達できていたのかもしれませんね。
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