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第20話『柴犬とネオルチア』

 キメラ進行軍とすれ違ってから数時間後。


 俺が蹴る地面はいつの間にか、舗装された大通りに変わっていた。


 その先には、締め切られた大きな門が構えている。


 セレスティアより一回りも二回りも大きな外壁。


 周囲を伸びる深い川が、ネオルチアをぐるりと囲み、敵の侵入を阻んでいる。


 中央には、遠巻きにもすぐにわかるほど巨大な城が構えており、この国の巨大さを見せつけている。


「あれがネオルチアか……。でかいな……」


「うむ。なにせ世界一の大国だからな」


 荷台からネオルチアを眺めていたソフィアが、その様子を見て眉を顰める。


「……けど、ここからは人の気配がしません。楽しそうな話し声も、お腹がすくような料理の匂いも、小鳥のさえずりさえ聞こえてきません……」


 ソフィアの言う通り、ネオルチアが生活しているような気配はない。


 しかし、俺の《超嗅覚》はそれ以外の不穏分子を嗅ぎ取っていた。


「臭うな……」


 直後、ツカサが続ける。


「うむ。ちらほらと殺気を感じるな。セレスティアに差し向けた進行軍以外にも、防衛にキメラを回してたらしい。しかし手薄だな。やはり罠か……」


「罠だろうな。この国全体から、何か不穏な臭いが漂っている……。俺たちを誘ってやがるんだ」


 これまで感じたことのない、全身を打つ邪悪な気配。


《超嗅覚》でそれらを敏感に感じ取ってしまう分、少しでも気を抜くと狂気に取り込まれてしまいそうになる。


 その邪悪な気配が周囲に満ちる中、嗅いだ覚えのある匂いが鼻をつく。


「ツカサ! 見つけた! エマだ! それにエリザも一緒にいる!」


「なに!? どこだ!?」


「地下だ! 城の地下にいる! 二人とも衰弱しているが無事だ!」


「牢にでも閉じ込められているのか……。かわいそうに……」


「ツカサ。作戦通りに行くぞ。俺はソフィアを連れて記録神の討伐へ向かう。ツカサはエマとエリザの救出を頼む」


「うむ。二人を救出したら安全な場所まで避難する」


「頼んだぞ」


「任せろ」


 舗装された道を進み、ようやくネオルチアへ続く巨大な門へたどり着くと、俺は徐々に速度を落とした。


「よし。馬車はここまでだ。あとは外壁をよじ登って中に……ん?」


 それまで固く閉ざされていた門は、俺たちを前にすると何故だか、ギィ、と不気味な音を立てて中から開かれた。


 その様子に、ソフィアが不安そうな表情を浮かべる。


「中に入れって言ってるみたいですね……」


 ツカサもどこか呆れた口調で言う。


「罠だということを隠しもないのか。どうするタロウ?」


「行くさ。罠だってことも元々わかってたしな」


 ネオルチアの中央へ伸びる大通り。


 人の気配はなく、代わりに、窓ガラスが割れた民家が立ち並び、道には転々と武器や武具などが落ちている。


「どうやらネオルチアの国民は、ここで戦っていたらしいな」


 ツカサは注意深く周囲を見渡した。


「だが、死体は一つもない……。全員キメラにされてしまったのか……」


 ここへ来る途中に見た、キメラ進行軍の姿を改めて思い出す。


 きっと、あの大群の中のほとんどが、ここの元住民たちだったのだろう。


 荷台から恐る恐る顔を出すソフィアが、不思議そうに首を傾げる。


「ですが、そのキメラたちはそこに行ったんでしょうか? ここにもまだキメラが残っているんですよね?」


「よく見て見ろ、ソフィア。奴らならたくさんいるぞ」


「えっ!? ど、どこですか!?」


 俺の言葉に、慌ててキョロキョロと辺りを見渡すソフィア。


 左右を後方へ流れる民家の屋根の上。


 細く狭い路地の裏。


 半壊した屋台の下。


 そこら中で人型キメラが息をひそめ、大通りを進む俺たちを盗み見ている。


 そのことに気付いたソフィアは、ひっ、と小さく悲鳴を上げた。


「いいい、いるじゃないですか! それもたくさん!」


「だからいるって言ってただろ……」


 キメラが俺たちを襲ってこないのは、ソフィアを傷つけたくないためか……?


 それとも、確実に俺たちを罠にハメるため、奥へ誘っているのか……?


 周囲にある魔力の気配といえば、キメラから漂ってくる記録神のものだけ……。


 それ以外に罠のような魔力の臭いはない。


 おそらく、記録神の本命は、この国全体を覆うように漂っている、鼻が曲がりそうな邪悪な臭いにあるのだろう。


 だが、この臭いの発信源は俺の鼻でさえ特定できない……。


 記録神の臭いじゃない……。


 他に唯一神候補がいるのか……?


 いや、それはない。


 リリーが、残りの唯一神候補は俺と記録神だけになったと言っていた。


 つまり、この臭いの発信源は、唯一神候補以外の存在……。


 記録神以外に、こんな邪悪な臭いを放つ奴がいるのか……?


 鼻をつく不気味な気配に考えを巡らせていると、やがて視線の先に立派な城が現れた。


 荘厳な造りの巨大な城。


 何本も天へ伸びた円柱形の屋根が特徴的だ。


 しかし、遠くからでは気づかなかったが、近くで見ると城はボロボロだった。


 割れたステンドグラス。


 破壊された銅像。


 壁には人が通れるほどの大穴が空いている。


 城の前には壊れた噴水の前で馬車を停めると、ソフィアが目を丸くした。


「ひどい……こ、こんな……」


 ソフィアの視線の前には、惨たらしい死体が七つあった。


 すべて磔にされていて、真っ黒な炭になっている。


 しかも、死体の大きなからそのほとんどがまだ子供だったことが見受けられた。


 引綱を外し、死体の足元まで歩み寄る。


 炭になった死体の顔は、どれも壮絶な表情を浮かべているように見える。


「生きたまま火あぶりにされたのか……」


 ツカサが、死体の足元に落ちている金色のネックレスを拾い上げた。


「どうやら燃やされたのはネオルチアの王族らしい。きっと住民をキメラにするため、抵抗されないように見せしめにしたんだろう」


 そのツカサの言葉に、思わぬ返答があった。



「うん。そうだよ。よくわかったね」


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