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第12話『柴犬と『愚者の蹄』』

 セレスティア国内。


 普段は人でごった返す町中が、今は人っ子一人歩いておらず、シンと静けさだけが広がっている。


 これはユリアとセレスティア軍が事前に国民へ通達を行い、しばらくの間何があっても外出しないようにしたのだ。


 国民全員が動きを止めることで、俺の《超嗅覚》は余計な臭いに邪魔されず、的確に『愚者の蹄』のメンバーが体に刻み込んでいる、独特な刺青の臭いだけを選別することができた。


 目の前に広げられた地図に足を乗せる。


「こことここ。あとここにから、『愚者の蹄』のメンバーの臭いがする」


 俺が指示した場所を確認すると、フィンロックが部下に指示を出す。


「よし。体に刺青がある者は拘束しろ。協力を拒むようなら多少手荒に扱っても構わん。行け」


「はっ!」


 フィンロックの指示を受け、数名のワノイ兵が町中へ走り出す。


 すでにしばらくこの作業をセレスティア軍とワノイ兵で繰り返しており、現在俺たちがいる町の広場には、拘束された『愚者の蹄』のメンバーが続々と連れて来られていた。


 ツカサが感心したように声を漏らす。


「ここから敵の臭いが鮮明にわかるのか。さすがタロウだな」


「俺もまさかここまで正確に嗅ぎ分けられるとは思ってなかった。おそらくステータスの上昇に伴って、スキルの強さも底上げされてるんだろう」


 ……にしても、セレスティアの国民が王の血に従順っていうのは本当らしいな。ここまで一度も混乱が起きてない。おかげでやりやすくて助かった。


 拘束された『愚者の蹄』のメンバーたちを見て、ソフィアが安堵したように言う。


「ネオルチアと本格的に戦闘が始まる前に、これだけの『愚者の蹄』のメンバーを捕まえられたのはよかったですね。戦闘中のどさくさに紛れて破壊工作でもされたら大変でした」


「あぁ。……だが、この状況を記録神が指を咥えて見ているだけとは思えない。きっと何か仕掛けてくるぞ。ソフィアはできるだけ俺の傍から離れるなよ?」


「はい! これからも末永くよろしくお願いします!」


「不穏なニュアンスを使うな」


 不意に、背後に立っていたエリザが、魔眼を発動させながらめんどくさそうに言う。


「ねぇ、ちょっと……。あっちの方で魔力が集結してる場所があるんだけど……。行かなくていいの? たぶん敵でしょ?」


「あっち?」


 エリザが指差している方向に嗅覚を集中させるも、めぼしい臭いは検知できない。


「俺の鼻だとわからんが、地図でいうとどこらへんだ?」


「ここよ、ここ」


 と、エリザが指差した場所は、俺の《超嗅覚》の範囲の遥か先だった。


「そんな遠くまで魔力を検知できるのか……。すごいな、魔眼……」


 エリザの指摘を受け、フィンロックが部下に指示を出し、そこへ向かわせる。


 エリザは小さくため息をつき、首を横に振った。


「そんな便利なものじゃないわよ。使いすぎるとすぐに疲れるしね」


 そう言ってエリザが魔眼を眼帯で隠そうとすると、エマが下から興味深そうにそれを見上げていた。


 目を丸くしているエマに、エリザは首を傾げる。


「な、なによ? 人の顔ジロジロ見て……」


 困惑するエリザに、エマはまっすぐと目を見つめて言った。


「とってもキレイな眼……」


「なっ!?」


「もっとよく見たい」


「そ、そんな顔近づけるんじゃないわよ!」


 ぐいぐい来るエマに、エリザは顔を逸らしてあわふたと眼帯で魔眼を隠した。


 この二人、なんだかんだよく一緒にいるし、馬が合うのかもな。



◇ ◇  ◇



 あれからしばらくの間、《超嗅覚》を頼りに『愚者の蹄』のメンバーを一人一人洗い出していると、ゴォン、ゴォン、とどこからともなく鐘の音が響き始めた。


「なんだ? 鐘の音? いったいどこから……?」


 周囲をぐるりと見渡してみても、音の発信源らしき場所は見当たらない。


 止めどなく響き渡る不穏な鐘の音に、周囲の兵士たちからもざわめきが起こる。


 この現象が記録神の攻撃かもしれないと警戒していると、両耳を塞いだソフィアが不思議そうに首を傾げた。


「この鐘の音、耳を塞いでも聞こえてきますよ?」


「なんだと?」


 ソフィアに続き、ツカサも同じように耳を塞ぐ。


「ふむ……。たしかに聞こえるな。頭の中に直接響いているみたいだ」


 俺も両耳を塞ごうと手を伸ばすが、四足歩行に慣れた分、短い脚で両耳を塞ぐという動作はかなり骨が折れた。


 なんとかグラつきながら招き猫のような態勢をとり、ようやく両耳を塞ぐことに成功する。


「よ、よし! 俺も両耳を塞げたぞ!」


「おめでとうございますタロウ様!」


 なるほど。たしかに鐘の音が頭の中に響いてくるな……ん?


 不意に鐘の音が途切れたかと思うと、今度は少女の声が頭の中に響き始めた。



『ぴんぽんぱんぽーん。えー。全世界のみなさーん。こんにちはー。こんなかわいらしい声でも、リリーは立派な女神様だから、敬ってもくれてもいいよー』



 リリー?


 そう言われればリリーの声だな……。


『全世界の皆さん』って、もしかしてこれ、地上にいる人間全員に話しかけてるのか……?


 俺の疑問を他所に、リリーは続ける。



『なななんと! ついに! 残りの唯一神候補が二人になったよ~! なぁのぉで~! もうすぐ『選定の儀』が終わって、念願の唯一神が決まるってことだよ~! その勝ち残った唯一神が、今後の世界のすべてを決定するよ! 魔物に知性を与えるもよし! 人類を発展させるもよし! 魔物と人間、両方とも滅亡させるもよし! ……まぁ、正直それはちょっとかわいくないなぁ、なんてリリー思っちゃうんだけど……。その決定権が与えられるのに唯一神ただ一人! 最終決戦はもうすぐそこみたいだねっ! リリーは見てることしかできないけど……見ててあげることはできるから、とにかく全力でがんばってねっ!』



 頭の中に直接響くリリーの声は、それきり聞こえなくなった。


 唯一神候補が残り二人……?


 つまり、俺と記録神ってことか?


 無関係のところで別の唯一神がやられたのか?


 いや、だとすれば三人残ってないとおかしい……。


 まさか相打ち?


 考えられなくもないが、最も可能性が高いのは仲間割れか、あるいは……。


 俺は目の前で創造神が記録神が出現させた巨大な手で握り潰されたのを思い出した。


「神格スキルを奪うために、仲間を……」


 考えられる中で最も非道で無慈悲な選択肢。


 だが、記録神が放つ異常とも言える悪意の前では、容易く脳裏を過る可能性の一つだった。


 リリーの言葉が周囲のセレスティア軍人たちにも聞こえていたせいか、一人、また一人と不安を漏らし、それはざわつきとなって広がっていった。



「皆さん落ち着いてください!」



 群衆のざわめきに、ユリアが声を張る。


 緊張のせいか、その指先は微かに震えていた。


「『選定の儀』は過去に何度も行われてきました。ですが、我々人類はまだ、生きています! 先人たちが乗り越えてきた『選定の儀』を、ここにいる『神速炎帝の神・フェンリル』様と共に、私たちも――」


 カキンッ!


 王位を継いだばかりでセレスティア軍の士気を上げようと奮闘していたユリアの檄が、甲高い金属音によって遮られる。


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