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第5話 柴犬と生贄

「そんなことおっしゃらずに! さぁ! 私のお肉はきっとおいしいですよ! うぅ!」


「いや、泣きながらそんなこと言われても……。どうしてそんな結論になるのか理由を聞かせてくれ……」


 ソフィアはどこか遠い目をしながら、


「……私の一族は皆、『カミガカリ』と呼ばれる特殊な力を持っていて、その肉体を神様に捧げれば、神様の能力をさらなる高みへと覚醒させることができるんです。……私は歴代でもその能力が特に優れているらしく、次のフェンリル様にこの身を捧げるべく、三百年の時を牢獄のような場所で過ごしてきました」


「三百年? 牢獄?」


「はい……。そこにある扉の向こう……今はもう魔法の効果が切れてただの部屋になっていますが、そこは《隔離時空》と呼ばれる魔法が込められていて、中に入ったものをそのままの形で何百年も保存できるんです」


「つまり……ソフィアは俺に食べられるため、三百年も一人でその部屋にこもってたってことなのか?」


「……はい」


 ソフィアはボロボロと涙をこぼしながら、


「だから……ひぐっ……おねがいですから……ひっく……私を、食べてくださぁい……」


 食べづらいわ!


 ……いや、まぁ、元から食べる気なんてないけど。


「と、とにかく、ソフィアの話は理解した。だが、俺は人を食うつもりはない。残念だが諦めてくれ」


「うぅ! じゃあ私の三百年はなんだったんですかぁ! 私はこの三百年間、何度も心が折れながらも、フェンリル様に食べられることだけを希望にここまでがんばってきたんですよ! 私の努力をムダにしないでください! うぇーん!」


 子どもみたいに泣いてらっしゃる……。


「そんなこと言われてもだなぁ。俺は元々人間だし、人を食うなんて……」


「じゃあ、タロウ様は私にどうしろって言うんですか! 気をもたせるだけもたせておいて、いらなくなったら『はいさよなら』ですか!? 私のことは遊びだったんですか!? ちゃんと責任とってくださいよ!」


「妙な言い方をするな!」


 う~ん……。けど、フェンリルのためにがんばってくれたのは事実みたいだし、だったらフェンリルの力を継承した者として俺に責任があるのも事実か……。


 考えあぐね、ぷかぷか浮かんでいるリリーに、


「なぁ、リリーはどう思う?」


 するとリリーは突然、


「あっ! もうすぐ『にゃんこ大集合特集』が始まっちゃう! リリー一旦帰るね!」


「はい?」


「じゃ、またあとでねっ!」


 そう言い残すと、リリーは俺と泣き崩れるソフィアを置いて、パッと姿を消してしまった。


 ご無体な……。


 しかたなく、仰向けで嗚咽を漏らしているソフィアにもう一度視線を戻す。


 このまま放置するわけにもいかないし……。


 ソフィアはフェンリルという存在自体を信仰しているわけだし、だったら食べられる以外で役に立てることがあればこの場は納得してくれるんじゃないか?


「なぁ、ソフィア」


「ひっぐ……。なんですかぁ? ようやく食べてくれる気になりましたかぁ? 痛いのは嫌なので最初の一撃で絶命させてくださぁい……」


「いや、だから食わないって……。提案なんだが、ソフィアさえよければ、俺にこの世界のことをいろいろ教えてくれないか?」


「この世界のことを教える? ……けど、私、三百年間ずっと引きこもっていたので、この時代のことはそんなに……」


 そう言えばそうだった……。


「け、けど、ほら。俺の事情を知ってくれてる人って他にいないだろ? リリーは神出鬼没で役に立たないし、俺はこんな見た目でうまくコミュニケーションをとれる気がしないし、ソフィアが一緒に行動してくれるとそれだけで助かるんだが……」


 ソフィアはひょこっと上半身を起こすと、顎に手を当て、考えを巡らすようにぶつぶつとつぶやいた。


「……つまり、私はこれからタロウ様のお世話をするということ? ……それだったらタロウ様に食べられる必要もないし、タロウ様のお役に立てるのなら私の三百年間が無駄じゃなかったということになる……。……正直役に立てるかどうかは怪しいけど、食べられるよりかは遥かにマシ……。……それに、隙をついてタロウ様の尻尾をもふもふできるかもしれない……」


 最後のはなんだ、最後のは。


「決めました、タロウ様! 私、タロウ様のお世話役になります! なのでそのお祝いに少しだけ尻尾をもふもふしてもいいですか!」


 隙のつき方がヘタクソすぎる。


「俺の尻尾はお触り禁止です」


「うぅ……」


 がっくりと肩を落とすソフィアの周囲には、壁にかけられたランタンの明かりにほんのりと埃が照らし出されている。


 その向こうには、円柱形の建物の内側に沿うように、階段が上へ向かってぐるりと伸びていた。窓が見当たらないことから、ここが地下であるということはなんとなく予想がつく。


「ここは埃っぽいな。できれば外に出たいんだが……」


「あ、そうですね。……ただ、今が昼なのか夜なのかわからないので、もしも夜だったら一度ここに戻り、太陽が昇る頃を待って行動しましょう。夜はどこもあまり治安がよくありませんから」


 先行するソフィアのあとを追って階段を上る。


「それで? ここはどういう場所なんだ?」


「さっきお話しした、ヴィラルという国にある塔の中です。……いえ、今はもう違うかもしれませんが……」


「どういう意味だ?」


「……三百年前、ヴィラルは敵対する神に攻め込まれ、滅亡寸前まで追い詰められました。そこで急遽、私だけ《隔離時空》の魔法が込められた部屋の中へ逃げ込み、次のフェンリル様を待つことになったんです」


「そう、だったのか……」


 ソフィアがこちらを振り返ることはなかったが、その声のトーンから悲しんでいることだけは伝わってきた。


 コツコツと足音だけが響き、やがて階段の突き当たりまでやってきた。


 行き止まりか……?


 ソフィアが行き止まりになっている天井部分にそっと手を触れると、金色の魔法陣が浮かび上がり、スーッと地上への出口が出現した。


 魔法、か……。さっきから壁で自動的に光ってるランタンもそれっぽいし、いろんな使い道があるみたいだな。


 光が差し込まないので外は夜なのかもと思ったが、どうやらそこもまだ地下が続いているらしく、俺たちはその後も階段をゆっくりと進んだ。


 ソフィアの足取りが早くなる。きっと、久々の地上が待ち遠しいのだろう。


 そりゃそうか。三百年間もずっと一人で地下にいたんだからな。


「……ヴィラルという国は……きっともうなくなっていると思いますが……あれだけ立派な城や建物があったんです。きっと、他の国に取り込まれて、今も人で溢れかえっていると思います。……私が好きだったお城の裏庭が残っていると嬉しいんですが……。あそこの花壇では、この辺りでは珍しい、『シコンソウ』という花を育てていたんです。もし、まだ咲いていたらタロウ様にも見せてあげますね」


「聞いたことのない花だな。楽しみだ」


「紫色で、小さなひし形の花をつける、とってもかわいらしい花なんです。きっと、見たらタロウ様も気に入ってくれるはずですよ」


 やがて階段の先に光が見えると、ソフィアは一目散に駆け出し、建物の外へと飛び出した。俺もそれに合わせ、歩きなれない四足歩行で階段を一つ飛ばしに追いかける。


 アーチ形の出入り口を抜けると、目が眩むほどの太陽光が降り注ぎ、思わず目を細めた。


 そして、建物のすぐそばでたたずんでいるソフィアの向こうに、外の景色が映し出される。


 そこに広がっていたのは、ソフィアが語っていた立派な城……ではなく、ただただ手入れのされていない雑草が一面に生い茂り、そのところどころに、かつて城の一部だったであろう石材が点々としているだけだった。


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