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第5話『柴犬と犬好き』

 訪れた時には冒険者でごった返していたギルド施設だが、今はもう俺たちとレイナたち、それからギルド職員を残すだけになった。


 ソフィアが、あっけらかんとした口調で、レイナの仲間の鎧をまとった人物に話しかける。


「皆さん先ほどは仲裁に入っていただきありがとうございます。……それにしても立派な鎧ですねぇ」


 そう言われ、大きな鎧の人物はブンブンと首を振り、中からは驚くほどか細い女性の声が聞こえてきた。


「そそそ……そんなことありません……わわわ……私なんて……ほんと大したことありませんので……あ、あはは……あはは……」


 声ちっさ!


 しかも中身女なのかよ……。


 体はデカいのに、気は小さそうだな……。


 その後もツカサやエマも交え、パーティー同士で簡単なあいさつ程度の会話を交わしていると、不意に、場違いな塩気のあるおいしそうな匂いがしているのに気が付いた。


 なんだ、この匂い?


 くんくんと匂いを追うと、ソフィアたちから少し離れたところ、施設の奥へ続く曲がり角で、しゃがみこんだレイナが干し肉をぶらぶらさせている場面にぶちあたった。


 ちょうどそこが陰になったので、思わずレイナを見つけてしまった俺はビクリと小さく飛び上がって驚いてしまった。


 え!? なに!? 不審者!? こっわ!


 そんな俺を他所に、フードを脱いだレイナは真っ赤な長髪を耳にかけ、小声で、「ほぉら。おいで~。おいで~」と手招きしている。


 頬を紅潮させ、にんまりと細める目は完全に俺を捉えていた。


 ……よし。無視しよう。


 嫌な予感がして踵を返した時、レイナは目に留まらぬ速さで俺を抱きかかえ、そのままみんなから見えない通路側へと俺を引きずり込んだ。


「ぐっ!?」


 そのあまりの力強さに思わず苦悶の声を漏れるも、レイナはそんなことお構いなしで、嬌声を上げながら俺の顔に頬ずりをした。


「や~ん! かわいい! なにこのわんちゃん! 信じられない! こんな間抜けかわいい顔してるわんちゃん初めて見たぁ! かぁわぁいぃい~! きゃあ! 肉球ぷにっぷに! つぶらな目もかわいい! なになに!? 君どうしてそんなにかわいいのぉ!? や~ん!」


 そのぐいぐいとくる図々しさは、ソフィアとは似て非なるもので、どちらかというと狂気に近いものを感じずにはいられなかった。


「あぁぁ! やっばい! 持って帰りたい! そしたら一晩中抱きしめていられるのに!」


 いや、そんなことされたら俺死んじゃうから……。


 ぎゅうぎゅうと好き放題抱きしめられ、苦しくなった俺はもがきながらレイナを睨む。


「おい! やめろ! 苦しいだろ!」


 それほどきつい口調で言ったつもりはなかったが、レイナは目を白黒させ、「はへ?」と素っ頓狂な声を漏らした。


 それからわなわなと震え始めると、


「え……あれ……? わんちゃんが喋って……。も、もしかして……使い魔……? あれ? え? じゃあ、私の喋ってたこととか……全部わかって……?」


「ん? なんだ? 俺が普通の犬だと思ってたのか? あぁ。どうりでさっきとテンションが違ったわけだ。ま、気にするな。人間誰しもたがが外れちまうってことはあるからな」


 完全に状況を把握したレイナは、静かに俺を床へおろすと、そのまま流れるように床に頭を擦りつけた。


「すいません……。今のこと、仲間には黙っててください……。私こう見えてもクールキャラで通ってるので……」


「プライドより自分のキャラを守ることを優先するクールキャラがどこにいるんだ?」


「せ、正論やめて……。立ち直れなくなりそう……」


 なんかかわいそうな奴だな……。


 もうそっとしておいてやろう……。


     ◇  ◇  ◇


「あれ? タロウ様、どこに行ってたんですか?」


 床にへばりついたまま動かなくなったレイナを放置し、みんなのところまで戻ってくると、俺に気づいたソフィアが声をかけてきた。


「ん? いや、別に……。それより、さっさと大規模クエストの手続きを終わらせて飯を食いに行こう。腹が減った」


「もう~。手続きならタロウ様がいない間に終わらせましたよ。正式に、『フェンリル教団』は明日の大規模クエストに参加することになりましたので」


「そうか。助かる。……それと、わかってると思うが、さっき『夕暮れの盃』の連中が言ってた魔導書ってやつ、そんなに期待するなよ? どうせ解読したって使えない魔法しか手に入らないだろうし」


「かもしれませんね。表紙に書かれてた文字も、現在でも使用されている一般的な文字の一つでしたし、この前みたいに解読できない文字で書かれてるお宝、なんてこともないでしょうね。けど、どんな魔法でも今は手に入れておきたいんです。それがいつ、どんな風に役に立つかなんて誰にもわからないんですから」


「……ま、そうだな」


 ソフィアは機転が利くし、どんな魔法を覚えてもすぐに使いこなせるだろう。


「よし。じゃあそろそろ飯に――」


 と、俺が飯の誘いをし、エマがフライングで涎を垂らした瞬間、バンッ、と勢いよく扉が開かれ、一人の少女が飛び込んできた。


 肩口でまっすぐ切りそろえられた青みがかったショートヘアーに、足元まである純白のマント。首には鈍色に輝く一つの十字架がぶら下がっている。


 少女は入ってくるや否や、両手を広げてツカサの胸に飛び込んだ。


「ツカサ様! ようやくお会いできたっすね!」


 そのあまりの勢いに、さすがのツカサも、ぐっ、と声を漏らし、飛び込んできた少女をとっさに抱きしめた。


 ツカサは訝しげな表情で少女を見やる。


「な、なんだ……? いったいどこの誰だ……? その白いマント……まさか騎士団の……?」


 少女はツカサの胸に抱かれながら、満面の笑みを浮かべる。


「自分はミリル・プレーシスです! ツカサ様に憧れて騎士団に入団したんですが、残念ながらその少し前にツカサ様は騎士団を辞めちゃってて……。ですが騎士団に所属していれば、いつかツカサ様にお会いできる機会もあるだろうとずっとお待ちしておりました! けど、まさか本当に会えるだなんて! 自分は感無量っす!」


「そ、そうか……。とりあえず少し離れてくれないか?」


「いいえ離れません! 自分のこの想いが伝わるまでは!」


「あ、あはは……。困ったな……」


 町の冒険者に嫌われてると思ったら、ツカサに憧れて騎士団に入る奴もいる……。ますますツカサの過去がわからんくなってきた……。


 ミリルと名乗った少女に圧倒されていると、不意に扉の方から男の声が飛んできた。



「やぁ、ツカサくん」



 トゲのない、柔らかい男の声。


 見ると、そこには一人の若い男が立っていた。


 年齢はツカサよりも少し上。ミリルと同じ白いマントに身を包み、優しそうな目元にある一つのほくろが特徴的だった。


 物腰柔らかそうなその男を見た瞬間、ツカサは明らかに表情を曇らせ、殺気にも似た視線で男を睨みつける。


「……カルシュ」


 男の名前だろうか。ツカサがその名を発すると、カルシュは嬉しそうに目を細めた。


「覚えていてくれて嬉しいよ、ツカサくん」


「あぁ、無論、覚えているさ。……覚えているとも。お前の所業を忘れることなど、ありはしない」


「なんだか物騒な言い方だなぁ、ツカサくん。同じ騎士団で働いていた大切な仲間じゃないか。あっ! そうだ! 今からでもまた騎士団に入ればいい! そして一緒に世界を正そう! ツカサくんなら大歓迎だ!」


 ツカサはぐっと歯を食いしばると、額に血管を浮かび上がらせた。


「あたしの仲間はここにいる『フェンリル教団』の友だけだ。騎士団に所属していた過去は、あたしの人生の汚点だ。あそこに戻ることなどありえない」


 ツカサの強い口調に、状況を理解できないミリルがあたふたと、ツカサとカルシュの顔色を交互にうかがった。


「え、えっと……ツカサ様? カルシュ騎士団長? い、いったいなにが……」


 そんなミリルを振り払うと、ツカサは「失礼する」と言い残し、ツカツカと冒険者ギルドの建物から出て行ってしまった。


 すぐにソフィアが追いかけて扉を開くも、「いなくなっちゃいました……」と残念そうに戻ってきた。


 カルシュはツカサが出て行った扉を見ながらひとりごちた。


「ま、どうせすぐにまた会うことになるだろうけどね」


 俺はカルシュの足元まで行くと、「おい」と声をかけた。


「ツカサは俺たちの大事な仲間だ。勝手に誘ってんじゃねぇよ」


 カルシュは犬の俺に目線を合わせるようにしゃがむと、


「へぇ。君がツカサくんの新しい仲間ってやつか。タロウくん、だっけ? 神鬼を倒したっていうからもっと屈強なのを想像してたけど、随分へんてこな顔をしてるね」


 カルシュは俺の頭に手を置こうとするが、俺が一歩退いてそれを避けると、寂しそうに「ありゃ。つれないなぁ」と、出した手を引っ込め、すくっと立ち上がった。


「けどまぁ、君がツカサくんのパーティーのリーダーだって言うなら、俺にもまだチャンスはあるかな」


「どういう意味だ」


「俺の方が、もっとツカサくんをうまく使える、って意味さ」


 カルシュは「じゃあ、またね」と手をひらひらさせると、そのままギルド職員に招かれ、建物の奥へと入って行った。


 あれがツカサの昔の仲間か……。


 騎士団長ってことは、騎士団のリーダーか……。


 へらへらしてはいるが、相当強いな。あいつとツカサを二人きりにしないよう気を付けよう。


 と、カルシュの背中を睨みつけていると、くいっくいっと尻尾を引っ張られ、振り返ると、涎を垂らしたエマが目をギラギラと光らせていた。


「ご飯行こう。早く。ほら。今すぐ! さぁ! さぁ!」


 エ、エマさん、圧がすごいです……。


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