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第35話 柴犬は買い出しに行く

「どうかしたんですか、タロウ様?」


 スキルの検証を終え、宿の玄関先で丸まって休んでいる俺を、ソフィアがじっと見下ろしている。


「別になんでもない……」


「何でもないって……。タロウ様、最近ずっと何か考え込んでるじゃないですか。もしかして、この前話してくれた件ですか?」


 ソフィアの言う通り、ここ最近、セバルティアンの言っていた『唯一絶対の神』なる存在のことが頭から離れなかった。


 長年ルシアンに忠誠を誓っていたセバルティアンに《服従紋》を刻み、ユリアに毒を盛ることを指示した人物。


 ツカサの話では、暴力を司る鬼の神、『神鬼』だとか……。


 それが俺と同じ唯一神候補の何者かによる仕業だとすると、いったいどんな目的でそんなことをしたんだ?


 セバルティアンは最初、ユリアを殺すつもりはなく、毎日少量ずつ毒を盛ることで、ユリアを人形のような状態に陥れていた。


 それで黒幕にどんな得があるんだ?


 う~ん……。わからん……。


「そんなに考え込んでいてもしかたありませんよ。それと、今からエマさんが買い物に行くから、荷物持ちとして町までついていってほしいんですけど、構いませんか?」


「それはいいが、荷物持ちならツカサの方が適任じゃないか?」


「ツカサさんなら今朝からいませんよ。カフ村の人たちが収穫した農作物を隣町まで輸送するので、その護衛をツカサさんに頼んだんです。しばらくしたら戻ると思いますけど」


「仕事内容がまったく暗殺からかけ離れてるな」


「ツカサさん、宿で饅頭売ってるだけじゃ体がなまるって、毎日のように愚痴ってますからね。気分転換でもしたかったんでしょう」


 ま、俺だってまさか饅頭売ったり宿を運営したりするとは夢にも思ってなかったし……。


 いやぁ、世の中何が起こるかわからないなぁ。


 しみじみと目を細めていると、大きなリュックを背負ったエマが宿から出てきた。


「待たせた。タロウ、ソフィアちゃん」


「よー、エマ。今日は何を買いに行くんだ? やっぱり食材か?」


「そう。最近、霊泉饅頭の売れ行きが落ち着いてきたから、新作の開発を考えてる。今度は甘いものが苦手な人でも食べられるものにするつもり」


「エマは勉強熱心だなー。さすがうちの稼ぎ頭」


「えっへん!」


 稼ぎの半分以上はエマの食費に消えてるんだけどなぁ……。


 まぁ、お腹減るんだったらしかたないけどさ……。


 エマが自信ありげに胸を張ると、ソフィアがむっとして俺に指をさした。


「ちょっとタロウ様! エマさんばかり褒めないで、私もほめてくださいよ!」


「なんだよ急に……」


「毎日食費やら人件費やらの経理をしているのは私なんですよ! もっと評価してくれてもいいじゃないですか!」


 たしかに学のあるソフィアは数字に強く、そっち系の管理はすべて任せっぱなしになっている。


「うむ。毎日ごくろう。褒美に俺の頭を撫でることを許可しよう」


「でへへ! そうじゃなくては! あー! この撫で心地たまりません! 生きててよかったぁぁぁ!」


 お前はこんな報酬で本当に満足なのか?


 ソフィアにもみくちゃにされながら、エマが背負った大きなリュックに目が留まった。


「ところで、エマ。外出する時にいっつも背負ってるその大きなリュックはなんなんだ?」


「ここには調理器具一式が入ってる。いつどこでどんな状況でも料理ができるようにしておくのがボクの信条。…………あと少しだけ非常食もあるかな」


 なるほど。ほとんど非常食が詰め込まれてるわけだな。


「エマはずっとこの町で料理人として働いてたのか?」


「違う。リラボルに来たのは二年位前。三日月亭っていう料理屋で働いていた」


 エマが発した『三日月亭』という言葉に、ソフィアが目を見開いて声を裏返した。


「三日月亭!? それってあの、五年先まで予約でいっぱいで、有名人までお忍びで訪問するほどの絶品料理しか並んでいない、あの超高級料亭の三日月亭のことですか!?」


「そう」


「ひぇぇぇぇ! す、すごい! タロウ様聞きましたか!? エマさん三日月亭で働いてたんですって!」


「聞いてたよ……。つーかお前が急に割り込んできたんだろうが……」


 そんなすごい店があるなんて知らなかったけど、ソフィアの言い方じゃあ、かなりの有名店らしいな。


 にしても俺が知らない間に随分この時代のことに詳しくなったじゃないか。


 さては仕事サボって宿の客と談笑でもしてたな。


「ん? そんないい店で働いてたんじゃ、さぞ給料もよかったんだろう? どうして辞めちまったんだ?」


 それまでほぼ無表情だったエマは、明らかにバツは悪そうに顔をしかめた。


「それは……言いたくない」


 言いたくない、か……。


 まぁ、仕事を続けるも辞めるも本人の自由だしな。


 俺も前世ではブラック企業で酷使されていた身。思い出したくないことは一つや二つじゃ収まらない。


 きっとエマもいろいろあったんだろう。聞くなと言うのならそれ以上は聞くまいて。


「そっかそっか。まー、気にするなよ。人それぞれいろんな事情があるんだしさ」


「……? うん。ありがとう」


「よしっ! じゃあ改めて買い出しに行くか!」


「うん」


 と、歩き出したところで、ソフィアがこそっとエマに耳打ちした。


「ところで、エマさんのコネでどうにか三日月亭でお食事できたりしませんかね?」


 セコイことを考えるな……。


     ◇  ◇  ◇


「お、おい……。まだ買うのか?」


 今、俺の背中には巨大な風呂敷が積まれており、その中にはびっしりとエマが選んだ食材が詰め込まれている。


 エマはずらーっと足元まで垂れているメモ用紙を見ながら、


「あとは……『電気牛(でんきうし)のモモ肉』に、『チョコの実』。それから『オリーブオイル』と、あと『ユニコーンの角油(つのあぶら)』も買わないと」


「まだそんなに買うのかよ……。つーかもう足が限界なんですけど……」


 泣き言を漏らすと、自分では何一つ持とうとしないソフィアが、


「何言ってるんですか! タロウ様というお方がその程度の重さに耐えられないわけありません! ファイトです!」


「うぅ……。俺の信者が根性論を振りかざしてくる……。ソフィアもちょっとは持ってくれていいじゃないか……」


「ふふふ。またまた御冗談を」


「なんでも笑ってればごまかせると思ってない?」


「私も時代に即した処世術を学んできたということでしょう。タロウ様もこの世界のこと、もう少し勉強した方がよろしいんじゃないですか?」


「ぐぬぬ……。上からものを言いやがって……。お前俺の第一号信者だろ。もっと敬えよ」


「それとこれとは話が別です。私はタロウ様のお世話役。あえてタロウ様を逆境に置き、神としての力を鍛えるのも私の使命なのです」


「荷物持ちをさせられて鍛えられる神が存在するのか……?」


 そうぼやくと、ソフィアは訝しげな表情を俺に向けた。


「さっきから気になっていたんですが、どうしてタロウ様は《影箱》に荷物を入れず、わざわざ背負って歩いているんですか?」


「……あ」


 収納系スキル使えるのすっかり忘れてた……。


 うわぁ、俺バカみたいじゃん……。


 つーかソフィアも気づいてたんならさっさと言ってくれよ!


 ポン、と鼻先がぶつかり、足を止め、何事かと正面を見上げると、エマが青い顔をして立ちすくんでいた。


 どうしたのかと、エマが見つめる先に視線を移すと、そこには三人の女が立っていて、その一番前にいる黒髪の女はキッとエマを睨みつけている。


 黒髪の女が口を開く。


「まさか……まだこの町に残っていたとはな……」


 エマは目を泳がせ、しどろもどろに唇を震わせる。


「あ……えっと……ボク……その……」


 そのおどおどとした様子に、女は苛立ったように指をぽきぽきと鳴らした。


「ここで会ったが百年目だ。あの時の落とし前、きっちりつけさせてもらうぞ」


「ぼ、暴力反対!」


 エマはそう叫ぶと、脱兎の如くその場から逃げ出した。


 まさかそんな速さで逃げ出すとは思っていなかったのか、黒髪の女はあんぐりと口を開けた。


「あっ! ちょ、ちょっと待――はやっ!? もうあんなところにいる……。ったく……」


 エマと関係があるらしい黒髪の女から話を聞きたかったが、「エマさーん! 待ってくださーい!」とソフィアが走り出してしまったので、俺もしぶしぶそちらのあとを追った。


     ◇  ◇  ◇


 その後、エマの匂いを追い、人混みを抜けたところにある路地裏に到着すると、ゴミ箱に頭から突っ込んで目を回しているエマを発見した。


「どうするソフィア? このまま業者に回収してもらうか?」


「あんまりです! うちで引き取ってあげましょうよ!」


 大量の荷物は《影箱》にしまったものの、今度は目を回したエマを運ぶハメになった。


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