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第3話 柴犬転生!?

《隔離時空》での生活、一日目。

 真っ白な空間で一人、家族や国民のことを思いながら、ソフィアは涙を流し続けた。


《隔離時空》での生活、七日目。

 涙も枯れると、未だ見ぬフェンリルに祈りを捧げ、自分の使命を強固なものとした。


《隔離時空》での生活、三十日目。

 すべての時間をフェンリルへの祈りに捧げ、ただただ三百年が経過するのを待つ。


《隔離時空》での生活、一年目。

 時間の感覚がなくなり、独り言が多くなった。


《隔離時空》での生活、百年目。

 妖精の幻覚が見えるようになり、その幻覚と喧嘩するようになった。


《隔離時空》での生活、二百年目。

 何がおもしろいのかは自分でもわからないが、とにかく腹を抱えて笑い転げる日々が続く。


《隔離時空》での生活、三百年目。

 幻覚すら見えなくなり、いつかフェンリルにこの身を捧げてすべてを終わらせることだけを希望に、ただひたすらに虚空を見つめる。



《隔離時空》に、再び外へ通じる扉が現れたのはそんな時だった。


 ごろんと地面に寝そべっていたソフィアは、突如出現した扉に目を向けると、ぼんやりと靄がかかったような頭で考えを巡らせた。


「扉……? はぁ……。また幻覚か……」


 その空間の中で、たった一人で三百年の時を過ごしてきたソフィアは、すでに扉の幻覚など嫌というほど見てきた。


 けれど、その時だけは少し様子が違っていた。


 扉の隙間から金色の光が差し込んだかと思うと、直後、バンッ、と大きな音を立て、勢いよく扉が開かれたのだ。


 暴風が吹き込み、ソフィアは思わず腕で目をかばいながら、扉の先を睨みつけた。


 遥か昔の記憶にある塔の地下室。


 父と別れたその場所に、フェンリルのご神体である牙を中心にして幾重にも魔法陣が出現し、どうやらこの暴風はその魔法陣が発生させているものらしいとわかった。


「これは……まさか!」


 心臓がドクリと高鳴る。



 ついに来た! 三百年間待ち望んだ! この時が!



 ソフィアは慌てて立ち上がると、暴風の中、その魔法陣に向かって歩を進めた。


 やがてご神体の牙が消し飛び、魔法陣の中央から円柱形の光の柱が伸びると、その中に一つの影が出現したのを見逃さなかった。


「あの影は……間違いない! フェンリル様!」


 直後、円柱形の光の柱が消え去ると、影はその姿をソフィアの前に現した。


 ピンと伸びた耳。クルリと巻いた尻尾。短いながらも滑らかな曲線を描く薄茶色の毛並み。


 どこか間抜けそうなつぶらな黒い瞳に、ちょろっと口から覗く真っ赤な舌。


 ソフィアは茫然と立ちすくみ、ポツリとつぶやいた。





「………………………………犬?」





 首を傾げたソフィアに、今度は犬が言葉を発する。


「ん? なんだ? もう転生は終わったのか? てことは、ここが異世界か? ……リリーのやつ、最後に何か意味深なことを言ってたけど、あれはいったい……ん?」


 犬は目の前でポカンと口を開けているソフィアを見つけると、とっとっと、とその足元へ近寄った。


「なぁ、よければここがどこか教えてほしいんだが」


 声をかけられたソフィアはびくりと肩を揺らし、わなわなと小刻みに震えながら犬を見下ろした。


「あ……あの……その前に、一つ、聞いてもいいですか?」


「ん? なんだ? 俺にわかることだといいんだが」


 ソフィアは勇気を振り絞り、かすれた声でたずねる。


「あなたはもしや……フェンリル様ですか?」


「あー……。そうらしいな」


 膝の力が抜け、ソフィアはその場に座り込んでしまった。


 想像していた。


 気づいていた。


 フェンリルがこの世界に降臨した時以外は外に出られないと、父であるゼラルトから聞かされていたし、なによりこの犬はフェンリルのご神体である巨大な牙から出現した。


 そしてその胸に浮かぶひし形の模様は、聞き及んだ歴代のフェンリルの持つ特徴とぴったりがっちり一致していた。


 だから、たった今目の前で、魔法陣から出現した一匹の犬がそうであるかもしれないと、うっすらとわかってはいた。


 ……わかってはいた、が、それはソフィアには到底受け入れがたい事実であった。


 ソフィアは、三百年ぶりに発するであろう心からの大声で叫んだ。




「なんかイメージと違う!」




 ソフィアの脳裏に、これまで経験した三百年間の孤独の記憶が襲い掛かる。


 途中で何度も心が折れながら、それでもフェンリルに自分の身を捧げるという使命を拠り所に、なんとかここまでやってきた。


 ソフィアは目に涙をためながら、


「まさか……。三百年間待ち望んだフェンリル様が、こんなただの犬だっただなんて……。え? じゃあ何? 私、犬に食べられなくちゃいけないの? え? え?」


 ソフィアはじっと犬を睨みつけると、自分がその犬に食べられている場面を思い描き、頭を抱えた。


「そんなの絶対イヤ! 三百年待った挙句、犬に食べられるなんて!」


 犬の耳がピクリと反応する。


「さっきから人のこと犬、犬って……。こんなデカい犬がどこに……。って、あれ? そう言えば、なんかさっきから目線が低いな。尻尾もカールしてるし、毛色ももっと銀色だったような……。ん? どうなってるんだ?」


 きょろきょろと辺りを見渡した犬は、石壁に楕円形の鏡を見つけると、とことことそこまで歩き、ひょいっと両前足を上げて器用に立ち上がってじっくりと自分の顔に目を細めた。


 すると、自身の姿を見るや否や、丸っこい小さな目をさらに丸くして、ぺたぺたと自分の顔を触り始めた。


「ん……? ん? んん!?」


 ようやく自分の姿を理解した犬は、壁が震えるほどの大声で叫んだ。



「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!? お、お、俺、フェンリルじゃなくて、柴犬になってるじゃねぇかぁぁぁぁ!」



 そして、犬は思い出す。


 自分が『転生の間』なる空間から飛ばされる前、リリーと名乗った女神が言った言葉を。



『ふぇんりる、ぜんっぜんかわいくなーい!』

『そんなかわいくない姿で行っちゃだめっ!』

『あっ! この子かわいい! よし! この子にしよう!』



 犬はもう一度、ふるふると体を震わせて声を張り上げる。


「あ、あ、あいつ! やりやがったなぁぁぁぁ!」


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