第25話 ここ掘れワンワン
リラボルの町。
冒険者ギルドへ帰ってきた俺たちの周囲を、ガヤガヤと大勢の冒険者や商人たちが取り囲んでいる。
「おいおい! ありゃあほんとにハレルヤ草じゃねぇか! 文献で見た通りの特徴をしてる! 間違いない!」
「すげぇ! 発見難易度Sクラスだろ!? くそっ! まさかすぐ裏の山に生えてたとは! 今から行けば俺も手に入れられるかも……」
「やめとけ。ハレルヤ草は群生しない。気候や時期に関係なく、どこに生えるかもわからない。調合して体内に取り込めば、その者の限界を超えて身体強化できる、最強のバフアイテム。その希少価値と有用性から、発見難易度Sクラスの特別希少素材に指定されている」
な、なんか、大変なことになってるんだが……。
状況についていけず、ダラダラと冷や汗を流していると、どこからともなく声が飛び交い始めた。
「売ってくれ! 金貨三十枚出す!」
「だったら俺は四十枚だ!」
「五十!」
「六十!」
「七十!」
や、やばい……。冒険者ギルドが一瞬でオークション会場に……。
その騒ぎに、ギルド職員のモリアが怒声を上げた。
「うるさいうるさーい! こんなところでオークションを始めるな! 外でやれ、外で!」
その声も無視し、一人の男が群衆から顔を出すと、ソフィアやツカサに話しかける他の商人たちとは違い、直接犬である俺に話しかけてきた。
「金に興味がないのなら、土地はどうだい?」
こいつ、俺がこのパーティーのリーダーだって知ってるのか……。
「土地だと?」
「あぁ。君たち今、カフ村に居候してるんだろ? ちょうどその近くの土地をいくつか持っているんだ」
細い目をした優男風の人物。だが、結成間もない俺たちのことをここまで調べているところを見ると、かなりの情報通なようだ。動きづらそうな上等な服を着ていることから、この男が商人であることは容易く想像できた。
金も欲しいが、腕のいい商人とのパイプを持っていて損はない。
俺はソフィアたちに視線を送り、その優男と共に冒険者ギルドをあとにした。
◇ ◇ ◇
「やぁ、取引相手にボクを選ぶなんて、さすがお目が高い」
カフ村までの道中、優男はそんなことをうそぶいた。
「知ってるかもしれないが、俺はタロウ。こっちはソフィア、ツカサ、エマだ」
「ボクはヘイトス。『プライメント商会』というギルドの団長だ。……といっても、メンバーはまだ十人にも満たないんだけどね」
小規模商業ギルドか……。
「俺たちのことをよく知ってるようだったが……」
「そりゃそうさ。喋る犬がリーダーをしてるパーティーなんて目立つからね。むしろ、どうして他の商人や冒険者たちが、君たちに注目しないのか不思議なくらいだ」
犬じゃなくてフェンリルなんだが……話がややこしくなるし、まぁいいか。
「で、さっき話してた取引の話だが……」
「あぁ、そうだね。君たちが欲しそうな土地をいくつか持ってるから、今からそこに出向いて、気に入った土地があったら教えてくれ。もちろん、金や他の物でもいいけどね」
「うーん……。ちょうど俺も、このままカフ村で世話になり続けるのは気が引けてきたところなんだ。どこか拠点になりそうな土地があればぜひそこをもらいたい」
「オーケー。じゃあ、おすすめの土地を紹介するよ」
◇ ◇ ◇
「ここはどうだい? 見晴らしもいいし、カフ村からも近い」
ヘイトスが最初に連れていったのは、高い崖の先端だった。
「……たしかに見晴らしはいいが、ここじゃ風が強すぎる。生活するには向いてないな」
「よし。なら次だ」
◇ ◇ ◇
「ほら、ここなら問題ないだろう!」
そう言って連れてこられたのは小さな丘だった。一見したところ不都合なところは見当たらない。
「ふむ……。ここなら家も建てやすそうだし、問題な――」
納得しかけた時、ツカサがジトリと周囲を見渡し、
「タロウ、ここはだめだ」
「どうしてだ?」
「ここは……周囲に物がなさすぎる。これでは簡単に敵に攻め込まれてしまう!」
敵って誰だよ……。
ヘイトスは頭をかきながら、
「じゃ、じゃあ次に行こうか」
◇ ◇ ◇
「ここならどうだい? 敵から攻め込まれにくい洞窟の中だ」
だから敵って誰だよ……。
次にヘイトスが連れていったのは、地底湖がある洞窟だった。
「ふむ。ここなら問題な――」
そう言おうとした時、ソフィアとエマがガタガタと震えながら、
「待ってくださいタロウ様! ここ、寒すぎます!」
「そ、そ、それに! 天井にびっしりコウモリがついてる! こんなとこ絶対やだ!」
ヘイトスは苦笑いを浮かべ、
「じゃ、じゃあ次で……」
そんなことを繰り返しながら、あぁでもないこうでもないと土地を見て回ること、三時間。
ヘイトスも俺たちもヘトヘトになりながら、
「こ、こ、ここが最後の土地だから! ここで文句言われてももうないから! というかここ、そもそもそんないい土地ですらないけども!」
そんなやぶれかぶれなヘイトスに連れてこられたのは、カフ村のすぐそばにある森の中だった。
手入れがされていないのか、雑草が生え放題で、蜘蛛の巣やゴツゴツとした岩もたくさん落ちている。鬱蒼とした木々のせいで太陽の光が当たらず、じめっとした湿気を含んでいる。
ソフィアたちはここを見るや否や、どっとため息をついた。
「ここはさすがに……」と、ソフィア。
「ないな」と、ツカサ。
「もう疲れた……」と、エマ。
さすがに俺もここは……。
そう言いかけたところで、どこかで嗅いだことのある匂いが鼻をついた。
この匂い……まさか!
俺は足元から漂ってくるその匂いに確信を覚え、ヘイトスの方を向き直った。
「ヘイトス。ここの土地ならハレルヤ草と交換してやってもいいぞ」
その言葉にヘイトスはぎょっと目を丸くし、
「本気なのか!? 自分で言うのもなんだけど、ここ、めちゃくちゃ条件悪い土地だよ!? 建物を建てるにも整地が大変だし……。正直、この土地なら金と交換した方がいいと思うけど……」
「いや、ここにする」
そう断言すると、今度はソフィアたちが反論した。
「ちょっとタロウ様、何考えてるんですか!」と、ソフィア。
「そうだ! もっとよく考えろ!」と、ツカサ。
「もうなんでもいいから早く帰りたい……」と、エマ。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
そう小声で言うと、全員訝しげな表情を浮かべながらも黙り込んだ。
改めて、ヘイトスがたずねる。
「ほんとにいいんだね?」
「もちろんだ。犬に二言はない」
ほんとはフェンリルだけど。
「……わかった。取引成立だ!」
差し出されたヘイトスの手に前足を差し出し、しっかりと握手を交わし、この土地は正式に俺たちの物となった。
◇ ◇ ◇
取引が無事終わり、ヘイトスがその場から去ったあと、ソフィアが呆れたように聞いた。
「それで、タロウ様。どうしてこんな土地とハレルヤ草を交換したんですか? こんな土地と交換するくらいなら、素直にお金もらってた方がよかったんじゃないですか?」
「匂いがしたんだ」
「匂い? なんの匂いですか?」
《超嗅覚》のスキルを使い、最も匂いが強い場所まで移動する。
「ここだ。この下だ」
「下ぁ? 地面の中に宝物でも埋まってるっていうんですかぁ?」
「そうだ」
「……はい?」
前足で土を掘り始めると、他の三人は不思議そうな目で俺を見つめた。
ここだ。この下にあるはずなんだ。
ざくざく。
もっと深く……。もっと深く……。
ざくざくざく。
……それにしても、土を掘るのって案外楽しいんだな。
ざくざくざくざく。
えへへ。な、なんだこれ、ハマる!
ざくざくざくざくざくざくざくざく!
「でへへへへへ! 楽しい、これ! もっと掘ろう! もっと掘ろう!」
「タロウ様! 落ち着いてください! 犬の部分が出てきちゃってますから!」
ざく、と大きく前足で土を掘り返した、次の瞬間、地面の中から、ボッ、という音がして、大量の水が空高く舞い上がった。
「な、なんだこれは!?」と、ツカサ。
「水? あたたかい。もしかして、温泉?」と、エマ。
「やはり、この匂いは温泉だったか」
空高く湧き上がった温泉に驚いたのか、カフ村の連中が、なんだなんだと集まってきた。
「タロウ様、なんの騒ぎですか!?」
「こ、これはいったい……」
「温泉だ……。温泉が湧いた!」
温泉の水を浴びながら、ソフィアはポカンと口を開けている。
「タロウ様は、温泉が湧き出るとわかっていたから、ハレルヤ草とこの土地を交換したんですね……」
「あぁ、そうだ。この辺りでは水が貴重みたいだし、温泉があればみんな助かるだろ」
やったぁぁぁ! これで風呂に入れるぅぅぅ!
「タロウ様、もしかして自分がお風呂に入りたいからこの土地を選んだんじゃありませんよね?」
「ま、まっさかー」
「……まぁいいでしょう。どうせお金なんて、私のスキルをもってすればあっという間に稼げますからね」
また言ってる……。
ソフィアの言動に呆れていると、カフ村の住人の誰かが大声で叫んだ。
「おい! 見ろ! 怪我が……。俺の怪我が、みるみる治っていく!」
……ん? 怪我が治る?
その後も方々から、
「私の痣も消えたわ!」
「火傷の古傷が治った!」
「腰痛が!」「頭痛が!」「風邪が!」
……んー?
カフ村の村人たちの怪我が次々と治癒されていくので、改めて《超嗅覚》の効果で温泉のお湯を調べてみた。すると……。
《治癒の霊泉》
な、なんかこの温泉、名前ついてるんですけど……。
「な、なぁ、誰か、《治癒の霊泉》って、何かわかるか?」
すると、ツカサが驚いた表情で、
「《治癒の霊泉》だと!? 浸かるだけでいかなる傷も病気も治してしまうという、あの幻の!?」
え、えぇー……。
「い、いかなる傷でも治しちゃうのか……?」
「伝説によれば、いかなる傷でも治してしまうぞ! そこいらの治癒魔法など比較にならないほどの凄まじい効果を持っているんだ! 状態異常も病気もなんでもござれだ!」
「ふ、ふーん……。そっかー」
チラッとソフィアの方を見ると、目を血走らせ、湧き上がる霊泉を睨みつけていた。
「……へぇ。治癒魔法なんかとは比べ物にならないほどの凄まじい効果、ですかぁ」
「ソ、ソフィア、そんなに気にするな。ほら、ソフィアは大事な仲間だから」
「あーはいはい。仲間ですねー。えぇえぇ。わかってますよー。ところで――」
ソフィアは目に涙を浮かべて、
「――私はもう用済みみたいなので故郷に帰りますね」
「待て待て待て!」
つーかもう故郷ないでしょ! どこに帰る気!?
「今までお世話になりました。最近調子にのってほんとすいませんでした……」
「早まるなって!」
「これからはこの霊泉にソフィアという名前をつけてかわいがってください……」
「いやいやいや!」
「こんな蛆虫以下の分際で……ほんと、すいませんでした……」
「話を聞け!」




