第21話 柴犬は安売りを所望する
ツカサの案内でやってきた魔導書店は、辺り一帯の店よりも一際豪華な造りで、店内は白い大理石や、魔導書を陳列するためのガラスケースがいくつも並べられていた。
魔導書店っていうから、てっきりもっと趣のある店構えだと思ってたけど、かなりイメージと違うな……。
客層も、冒険者ギルドにいた汚れた服を着ているような者は誰一人おらず、それぞれ豪奢な衣装に身を包み、見たこともないほど大きな宝石をつけた杖を全員が手にしている。
これが魔術師ってやつか……。魔法ってのは随分金になるみたいだな。
俺たちの装いが場違いなのか、魔術師たちはチラチラとこちらに視線を送っては、「やだわぁ」とか、「小汚い」とか、小声で悪口を言っている。加えて、魔術師連中には熱心に営業をかけている店員が、俺たちには一人たりとも寄ってこなかった。
うっ……。ブラック企業時代に同僚から陰口をたたかれてた記憶が……。
か、帰りたい……。
そんな視線に委縮している中、ツカサとソフィアは気にする素振りもなく、ずかずかと店内に置いてある魔導書を物色し始めた。
ツカサはどこか困ったような顔をしながら、
「ここは町で一番の魔導書店で、偽物を掴まされることはまずない。……だが、その分値段も高くてな。ほら」
どれどれ、とガラスケースを覗き込んだソフィアは、
「んー? すいません……。ちょっとこの時代の貨幣価値がよくわからないんですが、平均収入を交えて詳しく教えていただけますか?」
「この時代……? えっと、とりあえずわかりやすく言うと、そこに置かれている魔導書は、冒険者の平均年収でざっと五年分に相当する」
「五年分!?」
「で、そのとなりのが十年分。そっちのが、二十年分だな」
「ひ、ひぃ! なんなんですか、そのバカげた値段設定は!」
「それでも買うやつがいるんだよ。実際、魔法は使用回数に制限があるとはいえ、中にはケタ外れに強力なものも存在し、戦局を好転させるための重要な役割を担っている。なんでも噂だと、現在認定されているS級冒険者は、ほぼ全員が強力な魔法を使えるらしい」
「ぐぬぬ……。たしかに三百年前から魔法は重要な役割を担ってはいました……。あの頃の魔術師と言えば全員神職に身を置き、慎ましく暮らしている方たちばかりでしたが、時代の移り変わりというのは末恐ろしいものですね……。まさか神聖な魔導書がお金で買える時代がくるとは……」
「三百年前……?」
説明するのが面倒なのか、はたまた自分の本当の年齢を知られたくなかったのか、ソフィアはツカサの疑問には答えず、ぶつぶつと小声で呟いた。
「…………ようやく私も役に立てると思ったのに……。けど、ここであきらめるわけにはいきません」
ソフィアはグッと握りこぶしを作ると、力強く言い放った。
「さぁ、皆さん! さがしましょう! この店の中で最も安い魔導書を!」
そんな恥ずかしい宣言を大声でするのやめて!
ソフィアの宣言に、周囲の魔術師連中が嘲笑染みた笑い声を上げ、こちらを見下している。
おー! と、やる気を出したツカサとは違い、俺は背中を丸めてコソコソと店内の隅へ移動した。
それまでぼけぇっと突っ立っていたエマも俺のとなりにやってくると、そのままさっと腰を下ろした。
「なんだ。エマも恥ずかしくて隅っこにきたのか?」
「違う。お腹が減って動きたくないだけ」
「あぁ、そうですか……」
ほんと、いっつもお腹空かせてるな……。
つーかポケットから草取り出して食べ出したし……。
それそこらの道端に生えてる雑草じゃねぇか。
せめて調理しろよ料理人。
それからしばらく、店員や魔術師たちの目に怯えながら店内をぼんやりと眺めていると、一冊の魔導書を発見した。
それはガラスケースの隅の隅に追いやられた小汚い魔導書で、例のごとく、俺にはその表紙に書かれた文字すら読むことができなかった。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
横で、隠し持っていた木の実をむしゃむしゃと頬張っていたエマも不思議そうにその表紙を見つめ、
「わからない。他の魔導書は表紙の文字くらいは読めるけど、これはボクにもなんて書いてあるのかわからない。知らない言語。それに、この魔導書だけ値段が格安」
「知らない言語? だとすると、もしかしてこの辺りの言葉じゃないのか?」
俺とエマが喋っているのが聞こえたのか、ソフィアとツカサもこちらへ近寄ってきた。
ツカサが、どれどれ、と表紙の文字を読もうと試みる。
「ふむ……。たしかに読めんな……。どこの言葉だ?」
ツカサは近くにいた店員を手招きし、
「すまん。この魔導書なんだが、表紙にはなんて書いてあるんだ?」
俺たちのような貧乏人が店内にいるのが気に食わないのか、店員は眉をぴくぴくとさせ、鬱陶しそうに対応した。
「それは失われた言語で書いてあって、誰も中身を解読できないんです。……ま、どうせ価値のない役立たずの魔導書ですよ。ずっと買い手もつきませんし、あなたたちのような方でも手が届く値段なので、どうぞ購入していただいて結構ですよ」
わざわざカチンとくる言い方しやがって……。
イラっとして店員を睨むと、ソフィアがどこか興奮気味にその店員を押しのけ、ボロボロの魔導書が入ったガラスケースを食い入るように見つめた。
「ソフィア? どうした?」
ソフィアはわなわなと肩を震わせると、そのまま勢いよく立ち上がり、あっけらかんと言い放った。
「皆さん、もう帰りましょう。これ以上ここにいても気分がよくありませんからね」
「……? あ、あぁ。もういいのか?」
「はい。今日のところは」
その一変したソフィアの様子に、俺たちは全員違和感を覚えながら、言われるがまま店をあとにした。
◇ ◇ ◇
その後、魔導書店から少し離れたところで、ソフィアが周囲の様子をコソコソとうかがったあと、急に俺たちを路地裏へ押し込んだ。
「な、なんなんだよ、ソフィア! いったいどうしたんだ!」
ソフィアはにんまりと口角を上げ、どこか興奮した様子で、
「わ……私……読めたんです……」
「読めた? 何が?」
「あのボロボロの魔導書の文字、私、読めたんです!」
その一言で、ソフィアの様子が一変した理由を察し、俺たちはハッと顔を見合わせた。
「読めたって……つまり、ソフィアにはあの魔導書が解読できるかもしれないってことか!?」
「はい! そうです!」
「け、けど、どうして……」
「私がヴィラルで王女として暮らしていた頃、教養としていくつかの古代文字を勉強させられたんです。あの魔導書に書かれていた言語は、その中の一つだったんですよ!」
「マジかよ……」
ソフィアは俺たちに深々と頭を下げると、
「あの……自分勝手なお願いだとは思いますが、どうか、私にあの魔導書のお金を稼ぐ時間をくれませんか! 私も……私も、皆さんのお役に立ちたいんです!」
「ソフィア……」
役に立ちたい、か……。
どこか様子がおかしかったけど、やっぱりそんなことを考えていたのか……。
そもそも俺はソフィアがいなかったら、あの大蛇に絞め殺されてたし、記憶をたどってこの町までの道を教えてくれたのもソフィアじゃないか……。
そこまで卑屈になることないと思うけど、完全に自信を失っている今のソフィアにそんなことを言っても聞き入れてもらえないだろうな。
だったら、少しでもソフィアが自信をつけられるようにするのが一番だ。
「金を稼ぐ時間をくれ、だなんて水臭いこと言うなよ、ソフィア」
「へ……?」
「ソフィアが魔法を覚えたら、俺たちのパーティーの大幅な戦力強化になるだろ? だったら、俺たちみんなで力を合わせて金を貯めて、あの魔導書を買った方が早いだろ」
「け、けど、私のために皆さんのお手を煩わせるなんて、そんな……」
「俺たちは同じ、『フェンリル教団』の仲間だろ? 仲間のためにがんばって何が悪いんだ」
「タロウ様……」
俺に続き、ツカサも呆れたように付け加える。
「ふっ。そうだな。ソフィアが魔法を習得できればすぐに元手は回収できる。そのための先行投資と考えれば多少の労働など安いものだ」
エマは依然として雑草をむさぼりながら、
「一緒には戦えないけど、ボクもがんばる。だって、ソフィアちゃんのためだから」
良いこと言ってんだから、せめて雑草は食べ終わっててほしかったな……。
「み、みなさん……。私のために……。うぅ……。ありがとう……」
感動してポロポロと涙を流すソフィア。
俺たちはその肩を抱き寄せ、朗らかに笑い合った。
――だが、俺たちはのちに知ることになる。
――力は、容易に人を変えてしまうのだということを。




