8 久々の本音
いつの間にか、俺は机に寝ていた。
昨日、パソコンでUSBの内容を確認したまま、そのまま疲れて寝てしまったようだった。
洋服を持って、家の中でシャワー室を探して2階をうろついた。
奥の部屋から声がした。
「ねぇ、もう1回しようよ」
聞き慣れない女性の声だった。
「もういい。疲れた。寝る」
こちらはナリの声だった。
「もぉ。もう、じゃあ、帰る」
そう言う声が聞こえて、扉が開いた。
下着姿の日本人の容姿をした女性が飛び出してきた。
「え、この家、他にも人いたの⁉あいつ、最低!」
俺を見て、その女性は大きな声で叫んだ。
そしてそのまま女性は階段のほうに小走りで向かっていった。
そしてナリが上半身裸で下着だけ着た状態で扉によりかかっていた。
「お前、覗き見?そういうシュミなの?」
様子からすると、情事の後のようだ。
俺はナリを無視して、その部屋の反対側にあったシャワー室に向かった。
シャワーを浴びながら、俺は先程の出来事を振り返って、考えていた。
もう、ナリの心には、光はいないのか。
俺はなんだか悲しい気持ちになった。
でもそもそも俺だって人のことは言えない。
この二年間、結婚した手前、そういうことを美桜さんとしなかったわけじゃない。
父親から血筋を繋げるために、結婚するように言われていたこともあり、義務のように思っていた部分もあって、家にいる間はなるべく、俺は美桜さんとスキンシップを取るように極力努力した。
もちろん、心の中で恒星を思い出して、俺は美桜さんに恒星を重ねて行為をしていた。
そんな自分自身に嫌悪感を感じていた。
でも恒星を思い出せば、なかなか理性で抑えられない部分もあって、自分の性をどうにも意識せざる負えなかったし、それ故にこみ上げる葛藤もあった。
そんな中、さらに追い打ちをかけることがわかった。
そうして二年経った。一向に子供が生まれる気配はなかった。
俺は美桜さんに黙って、病院で検査をした。
なんとなく直感でわかっていたのかもしれない。
案の定、俺の精液に精子はほとんどいなかった。
医者からストレスのせいかもしれないと言われたが、俺にはどうでもよかった。
結婚すること自体に実際、意味なんてなかった。
俺という出来損ないの人間が生きている意味なんてあるんだろうかと心底思った。
そして美桜さんに、意味のない行為を続ける自分を呪いながら、言えずに時間だけが過ぎて行った。
全てが偽物の生活。
だから、さっきの出来事に俺はショックを受けていた。
俺はナリに希望を持ちたかったんだろうな。
純粋に人を思う気持ちを持っていると思いたかった。
それも…俺が壊したのかもしれない。
あの浮気事件がなければ二人はこんな風な関係になっていなかったはずだ。
俺は昨日、心に誓ったことをもう覆そうとしていた。
もし、そうだとしたら、光に俺はどう償えるんだ。
時間を戻すことはできない。
そしてナリも光もそんなことを望んでいないとしたら…。
俺はシャワーを浴びながら、両手を壁につけて、随分、長い間、泣いていた。
泣いたって何も変わらない。
俺はもう中学生じゃない。
助けてくれる恒星もいない。
それに大事な友人であるナリを狙い、俺は自分自身で捨ててしまったんだから。
そんな俺がナリに取った態度が無視。
自分の許容力のなさに笑ってしまう。
ここを出たら、忘れよう。
俺にできることはそれぐらいだ。
そう思い、シャワーを止めて、体を軽く吹いて、下半身にタオルを巻いて扉を開けた。
「!?」
横にある洗面台のところによりかかって、先程と同じく下着姿のナリが立っていた。
「お前さ、この2年で昔に戻ったよな。大学入学ぐらいの」
ナリはそう言った。そして続けた。
「…西園寺っていう肩書ないと何もいえないのかよ」
「…違う」
俺は首を振って声を出した。
「…ショックだったんだ。しげ…ナリがもう光に対して何とも思っていないということに」
ナリは壁によりかかりながら、腕を組んで、真面目な顔で俺に言った。
「海斗って…前から思ってたけど、ピュアだよな」
俺は言った。
「どういう、意味だ」
「俺がずっと光を追っていて、操を立てて過ごしていると思い込んでる所」
しげは説明してくれた。
そして少し笑ってナリは言った。
「お前と違って、俺、健全な30代の男性だぜ?想像して満足とか、ちょっと無理」
「まぁ、とはいえ、半分当たってるけどな。俺はまだ光を好きだし、諦めてない。でも…弱音すら言わない光に俺は不用意に苦しめたくない。この2年、言うタイミングを逃し続けてる。お前がショックなの、わかったけど、見逃してくれない?」
とナリは言った。
俺は少し考えて答えた。
「…まだ好き、か。…覗き見、悪かったな」
ナリは俺に「ピュアなヘンタイ」と悪態をつき、そしてシャワーを使うというので、ナリと交替した。
広間のソファーに座って俺は髪の毛を拭いた。
-俺はまだ光を好きだし、諦めてない。
俺は安心した。
この2年で触れた久々の本音に、ホッとした。
そして、光とナリの間を取り持つような何かを俺ができればいいんだけどなと、思った。
ナリもシャワー室から出てきた。
そして家の説明をしてくれた。
食事は3回、光たちが作ってくれたものを分けてもらうか、外から調達してくるか、自由。
1階にもキッチン・部屋・シャワー・トイレがある。時々、光か古川さんが利用するが、基本的に自由に使っていいということ。
掃除は週1でハウスクリーニングが入るので、荷物は整理整頓し、大事なものは肌身離さないようにすること、外に行ってもいいが、泊まりでの外出は禁止といった基本的なことだった。
平日にクローン研究の手伝いをやっていて、それは地下通路を通して繋がっている建物のほうで実施しているという。
今日は土曜日で土日は自由時間。
明日は光と古川さんとも一緒にドライブに行く予定であるとのことだった。
ナリは、お酒を出してきて、「海斗、今日、覗き見したから付き合え」と強制的に飲みになった。
冷蔵庫から、ビールを取り出しきて、プルトップを開ける。そしてナリはカンパーイと言って、お互い缶ビールを口に運んだ。
ナリが聞いた。
「俺等が三年の時のサークルの新歓コンパ覚えてる?」
「あんまり」
俺は返事をした。
飲み会はナリの近くにいた気がするけど、三年に上った飲み会は梁さんとその周りの人と適当に話していた記憶しかない。
そんな俺をみて、ナリは続けた。
「つまんねーな。お前は真理恵ちゃんがずっと隣で話してたから覚えてないかもしれないけど、光は横で先輩に飲まされてて、俺、心配になって大丈夫かと光にきいたんだよ」
「へぇ」
俺は相槌を打った。
そんなこと、あったんだ。
ナリは話を続けた。
「そうしたら、バックにビニールの袋いれてて、そこに注いで飲んでないから大丈夫と言われてさ、先輩にはニコニコ対応してて、コイツ、やるなと思ったのが光の第1印象。最終的に俺が光に介抱されてて、心配しながら真理恵ちゃんの彼氏にお願いする話になって。そこはお前がくるんじゃないんかいとさ…酔いながら強烈な印象を受けて、それで興味持ったんだよね」
そう、だったんだ。
付き合いの詳細を知らなかった俺は酔っ払ってる様子のナリから話をきいて納得した。
「それで?」
つい、聞いてしまった。
ナリはまってましたとばかりに話しだした。
「俺はそれから光を見るようになって。光は話は聞いてくれるし、適度に相槌を打つし、ノリも悪くなかった。でも、だいたいいつも隣に真理恵ちゃんか、佳奈がいた。誰も光に近づける状態じゃあ、なかった。俺はなんとかテニスを教えるにかこつけて、やっと付き合いにこぎつけたってわけ」
ナリは嬉しそうに話した。
「俺、それまで付き合ってた彼女には俺の適当さ加減に振られてきたんだよ。光はその適当な部分に何も言わずにフォローいれてくれて大丈夫と自信つけてくれた。それで俺、こんなに安心する場所がみつかるんだなと思った。…あれから10年以上、好きってちょっと気持ち悪いよな」と少し照れた表情でナリは話した。
「いや、そんなこと、ないと思うよ」
俺は答えながら、酔っ払った、ぼんやりとした頭で考える。
俺なんて、10代から初めて恒星にキスしたあたりから好きだった気がする。
それにしても意外だった。
ナリと光はなんとなくの流れで付き合ってたのかと思ってた所があった。
光に執着するには十分な理由があったんだな。
ナリも十分、ピュアだよな。
きっと朝、鉢合って、お互いだいぶ動揺したのかなと思った。
PCで聞いた音声にギリギリ入っていなかったが、きっとナリも俺の行為を絶対に聞いているはずだ。俺は今更ながら恥ずかしく感じたが、これでナリとはおあいこだなって思って笑ってしまった。