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7 空白の苦悩

 しげの言葉を聞いて、俺は光は全部、知っていて、この場所にいるんだと理解した。


 どこから光は知っていたんだろうか。

 そして俺は騙されていたんだろうか。

 恒星は誰かに殺されたのか。


 怒りと悲しみと、悔しさと諦めと様々な感情が頭の中を回っていた。


 そこに光は言った。

「…急に連れてこられて、いきなり挨拶されても困りますよね…」


 古川さんはしげのことをナリと呼び、「ナリ、部屋に連れていってあげなよ」と言った。

 しげは何を言っているんだという顔をして言った。

「俺は嫌だよ」


「海斗さん、今は混乱していると思うので…落ち着いたら、話をさせてください。しばらく案内する場所で過ごしてください。…あとしげは今はナリという名前なので」光がそう説明し、視線をナリのほうに動かした。


 どうやらしげはここではナリと呼ばれているらしい。


 古川さんと光に向けられた視線によって、ナリとなったしげが俺に言った。

「あーめんどくせーな。わかったよ。ついてこい」


 その部屋を出て、俺はすぐに立ち止まった。


 眼の前を歩いていたしげ…いや、ナリは振り返って戻ってきて、俺を廊下の壁側に寄せて「何か言いたいことでもあるのか」とYESと言わせない雰囲気で聞いてきた。


 それでも俺は言わなければならない。

 俺は使い物にならない人間だから。


「…ここに連れてこられなければ、俺は死ぬ予定だった。別に今も気持ちに変わりはない。…どうせ不要な時間になるから、解放してくれ」俺はナリに言った。


ドンッ


 俺はナリに殴られて壁に体を打ちつけて、そのまま俺はずるずると下がって体が床についた。


 唇の端から血の味がした。


 ナリは俺に静かに言った。

「お前だけが苦しんでると思うなよ」


 それは誰のことを指しているのか。


「光はな…きっと死んだほうがマシだったはずなのに、死なないで生きてる。お前も全てを知ってから、死ぬかどうか決めても、遅くない。そうだろ?」

ナリは悲しそうな顔して、俺に言った。


 俺はさっきのナリの言葉を思い出す。

『光のせいで』恒星が殺された。


 まさか光は自分のせいで起きたと思っているのか。


「…」


 光には悪いが、…俺はこの死ぬチャンスを逃したくない。


 恒星がいない世界の中で、今更、知った所で何になる?



 アイツが戻ってくるわけでもないのに。

 俺の心を、この苦しみから解放されたい…。


「お前さ、何で恒星が自殺したと思ってたんだ?」

 俺にナリは聞いた。


 俺は何も答えなかった。

 自殺なのか、他殺なのか、そんなこと、俺にはどっちでもよかった。


 恒星がいなくなってから、俺は思考を止めたんだ。何を考えても、何をしていても苦しみ以外、何も感じない。


 ナリは俺をみて、ポケットから携帯を取り出して、操作しだした。


『海斗さんは我が家では家族、みたいなものなんです』

 携帯から恒星の声が流れ始め、俺は携帯を凝視してしまった。

 そしてナリは携帯を操作して止めた。


「お前は、さ、恒星がお前をどう思っていたのか、わかってないよな。恒星が今のお前を見たら、何て言うかな」

 ナリはまるで恒星から話を聞いたように言った。


-ご飯、ちゃんと食べてますか?

-生きるためには、まず食べることですよ。


 恒星の声が頭の中に響いてきた。


 アイツが死を自分から選ぶなんて、想像できなかった。


 俺は、俺は…


 涙が溢れてきた。


 ナリは俺に言った。

「強制はしない。ここから先、どうするのか、自分で選べばいい。お前のスーツケース、その先の扉にある」


 そうして、ナリはまっすぐ歩いて行く。


 俺は間違いのルートばかり選んできた。

 死がゴールであるならば、少し遠回りしたところで終わりは決まっている。

 もう間違うことはない。


 俺はナリの後を追いかけて歩きはじめた。


※※※


 ナリは俺のスーツケースを持って、長い廊下の端から階段を登り、その先で天井から出ている梯子のような階段を登った。


「バイオハザードの洋館に到着」と言いながら、ナリは入っていった。


 梯子を登ると小さな部屋でその部屋を出ると狭い階段が続いており、そこを登るとそこから確かにビルのような場所から家のような作りになっていた。


 玄関が見えた。

 ナリはそこを無視して、さらに階段を登り、

 暖炉のある応接室のような部屋に案内した。


 窓があり、外には木が生い茂っており、どうやらここは地上のようだ。


「ここは一軒家の二階だ。この部屋を中心として、部屋が4つある。1つは俺が使っていて他は空き部屋。どれでも自由に使っていい」


 そう言って、スーツケースを置いて、ナリは一階に降りていった。


 俺は階段から一番近い部屋の扉を開けた。


 大きなベッドには埃防止用のカバーがかけられており、荷物は1つもなかった。

 部屋の中には机、椅子、ベッドの近くにサイドテーブルが置かれ、クローゼットがある。


 ここは空き部屋のようだ。


 俺は荷物を置いた。


 椅子に座り、俺は息を吐いた。

 疲れていたのか、そのまま目を閉じて、寝てしまっていた。


 トントンという音で目を覚ました。

「食事持ってきた。2階の広間で食べよう」とナリは部屋の外から言った。


 俺は椅子から降りて、扉を開けた。


 ナリはどこからか食事を準備し、並べていた。


 食事はサラダ、じゃがいもとベーコンの炒めもの、鶏肉の照り焼き、そしてパンだった。


「海斗、食事終わったら、見ろ」

 俺にそう言って、テーブルにUSBを置いた。


「…」

 広間に向かい、俺は黙って、取り分けられた食事に手をつけた。


「光もお前みたいなわかりやすい態度だったら、いいのに」

 ナリがそう呟いた。


 俺は下を向いた。

 光は2年前、いなくなった。

 いくら探してもみつからなかった。


 この間、どう生活し、何をしていたんだ。

 俺は食事をすぐに済ませ、ナリが渡したUSBを持って自室に戻った。


 自分のパソコンに繋いでUSBの中身を見る。


 そこには2年前の光が得たと思われるクローン情報、光が恒星と住んでいた間の俺と恒星の会話の内容、俺の家の情報等が全て入っていた。


 そしてそれらの情報とは別に、アメリカのCIAとの取引の内容がかかれた資料が入っていた。


 光はCIAとコンタクトを取って、自身のクローン研究を許可する代わりに衣食住を提供してもらっているようだ。


 そこには、光の両親、高校時代の友人、梁さんが殺害されたこと、そして恒星が俺の父親の手配によって最後、自殺に仕立てられて殺されたことが書かれていた。


-お前だけが苦しんでると思うなよ。


 さっきのナリの言葉。

 それは光を指した言葉。


 この事実を光は二年前に知っていたのだ。


 俺なんかより、ずっと昔から周りの大事な人達を光は失っていた。


-光もお前みたいなわかりやすい態度だったら、いいのに。

-光はな…きっと死んだほうがマシだったはずなのに、死なないで生きてる。お前も全てを知ってから、死ぬかどうか決めても、遅くない。そうだろ?


 これらのしげの言葉で光は弱音を一切、言ってないんだと、理解した。


 光はクローンとして日本での監視生活に気がついて、どうにか抜け出そうとした先にも、結局、研究対象として生きている。


 光、君はどうしてそんなに強くいられるんだ。何が君をそうさせようとするんだ。


 君の大事な人を殺そうとした俺に、俺を許せないのはどう見ても、君なのに、君は会いたかったと言った。


 俺が死ぬ前にやらないといけないこと、それは残された君に償うことなんだ。

 だから、この時、俺は心に刻んだんだ。


 もしかしたら、それすら君の手の内に泳がされていたんだろうかな。


 どうやら君は俺のことを俺以上によく知っているようだったから。

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