66 もう一度
俺は美桜さんをベットに座らせて、俺も隣に座った。
「ごめん…椅子もろくになくて…」
美桜さんは不思議な顔しながらも、返した。
「それは気にならないので…ただ…あの、…ここにいてほしいとは…」
美桜さんの疑問はその通りだと思う。
つい、手を引っ張って、残ってほしいと言ってしまったんだ、なんて言えるわけもない。
俺も何をしたかったんだろうと頭を抱える。
美桜さんに最後に会ったのはつい先日でそんなに時間が経っていないにも関わらず、この数日、何度、美桜さんを思い出したかなと思い返した。
隣に背筋を伸ばして座っている、その姿勢はすごく綺麗だった。
こう隣に美桜さんが座っているだけで安心する。
俺は自分の両手を軽く握って、まずお礼を言った。
「さっきは…ありがとう、自分を見失う所だった」
「…きっと…私がいてもいなくても海斗さんは…最悪な状況には陥っていないと思います。でも…私が海斗さんを…止めたかった」
美桜さんは笑顔になって続けた。
「だから…止められて…嬉しかった」
そして、俺の方に身体を向けて「海斗さんは自分を大事にしてください」と言った。
俺はふっと笑った。
「そうだね」
「あの…さ、この前の…最後のさよなら…なんだけど…」
そう言ったら、美桜さんは恥ずかしそうに顔を下に向けた。
耳は真っ赤だ。
「はい…それが…何か?」
「俺も今日、会えたから……1つお願いしてもいい?」
もし、もう一度、美桜さんに会えたら…俺はそのタイミングを逃したくないと思った。
好きと自覚してない時から、ずっと心は君を求めていたんだ。
急に俺からの言葉に驚きつつ、確認した。
「えっ…とそれはつまり、"最後の"お願い…なのでしょうか?」
この前の美桜さんの言葉は確かに”最後"に1つだけ、お願いだったかな。
「そうだね…俺の願いは多分、”最初で最後”だと思う」
そう俺が言うと美桜さんは「え?」と小さく呟いた。
「あの…私にできることであれば…」
あの日の立場が逆転したようなシチュエーションだと思った。
不思議がる美桜さんに俺は少しだけ近づいて、彼女の耳元でそっと囁いた。
「うん……じゃあ、"始まり"のキス、ください」
美桜さんは俺の顔を見て、顔を真っ赤にして黙ってしまった。
これで少し、俺の気持ちは伝わったかな。
ほんとは好きだと直接、言った方がいいのだろうけれども…それはさすがに勇気が出ず、我ながらズルい方法だなと思ってしまった。
もし断られても…しょうがない。
そう思ってもう一度、美桜さんを見たら、顔を真っ赤にしながら目の端から涙を流していた。
「海斗さん…ひど…気持ちの…整理して……いる…所に…」
困った。困らせるつもりで言ったわけではないのに、どうしたらいいんだろう。
もう、一言では伝わらないんだ。
もっと自分がどんなことを考えているのか、今、伝えなければと言葉を紡いだ。
「…自分がひどいのはわかってる。……それに…遅すぎるのもわかってる。…でも、どうしても言いたかった。」
自分の気持ちを、はっきりと美桜さんに告げた。
「あの……気持ちが追い付いて…なくて…ずっとかなし…いや何で…急に…」
美桜さんは急な俺の言動に混乱しているようだ。
俺も自分自身の感情についさっき気がついた所で、伝えられなかったことはしょうがない。
俺はもう一度、美桜さんに近づいて、1つ提案をした。
「……うん。じゃあ、…まず1つずつ抑えようか、…感情を抱きしめて、慰めようか」
「か、感情をだ、抱きしめて慰める!?」
美桜さんは声を上げた。
「感情が乱れているみたいだから…落ち着かせた方がいいかと思って。いや、無理には…」
美桜さんは「そ、それで収まるのかわからないけど……お願い…します」
1つずつ美桜さんがどう感じているのか、話してもうおうかと思っていたけど、彼女は両手を左右に少し広げたので、あぁ、普通に抱きしめると勘違いして焦っていたのかと、反応をみて気が付いた。
俺はそのまま彼女をそっと包んで抱きしめた。
彼女も自らの手を俺の背中に回した。
前に抱きしめた時と同じく、さわやかな香りがした。
そうしてゆっくりと、美桜さんの背中をさすった。
「海斗さんに……何もなくて…よかった。今日はほんとに…心臓が止まりそう…だった…」
「うん。きてくれて…ありがとう。…俺は……もう美桜さんに二度と会えないと思っていたから…会えてよかった」
ゆっくりと少しずつ力を込めて、愛しさを伝えるように抱きしめた。
自分の心臓の音がドクンドクンと聴こえる。
彼女を落ち着かせているはずなのに、自分が落ち着いて安心した。
そして俺は美桜さんの肩に顔を置いた。
「かいと、さん?」
「あ、痛かった?」
「いえ…どうしたのかと…」
俺は言おうか言うまいか少し考えたが、いやもう全部、出してしまおうと思っていることを声に出した。
「…さよなら…まで気が付かなくてごめん……自分がふがいないなと思って…」
「え?」と言った後、「じゃあ……海斗さんは私の気持ちに気が付いたから…今、慰めてくれてるの?」
そう言って、美桜さんは俺から離れた。
「……気が付いたタイミングはそうだけど…今、俺が美桜さんと過ごしているのはそういう意味じゃない。…あの、ずっと…俺は……幸せになってはいけないと思い込んでいたんだ。だからほとんど感情は無だった。でも…美桜さんの想いが俺の氷ついた感情を溶かしてくれたんだ」
俺は離れた美桜さんを引き寄せて、また抱きしめた。
「だから、もう、美桜さんを目にしたら、近くに寄りたいし、触れたい。言葉にする前に、今みたいに身体が勝手に動いて困る。この状態に自分でもびっくりしているんだ」
美桜さんは俺の話を聞いて、また目に涙を溜めている。
「…美桜さん、ずっと俺を受け入れてくれてありがとう。…美桜さ…美桜が好きだ。…もう一度、始まりからやり直させてくれないかな」
俺の告白に、美桜さんは小さく「呼び捨てで呼ぶの、ズルい」と呟いたかと思ったら、「私も…」と聞こえるか聞こえないかぐらいの音量でそっと声を出した。
「まだ…落ち着かない?」
左右に小さく首を振った。
「…海斗さん…私、まだ信じられ…なくて……夢なのかと…」
美桜さんがかわいいことを言うので、俺は微笑んだ。
「現実だよ。…落ち着いたみたいだし、そろそろ、最初の返事、聞いていいかな?」
俺は"はじまり"のキスをくださいの返事をもう一度、聞いた。
小さく頷いた姿を俺は見逃さなかった。
顔を向けたら、真っ赤になった美桜さんは恥ずかしそうに目を合わせてくれない。
視線を合わせようと顔を動かして、なかなか合わない姿に、「頷いたかと思ったけど…」と小さく言った。
美桜さんは俺の言葉で目を俺に合わせてくれて、お互いを見つめ合うことができた。
俺はゆっくりと唇に自分の唇を合わせた。
そうしてやっと、俺たちは最初で最後の、"はじまり"のキスを味わい始めた。




