65 最後の伝言 Ⅱ
陸斗の前に美桜さんが塞いだ。
俺は手を止めた。
「海斗さん、やめて!!」
美桜さんの声が部屋中に響いた。
「…美桜さん、そこをどいてくれないか。…そいつのせいで俺の…大事な…本当に大事な友人を…失ったんだ…」
俺の近くに、恒星を殺した人間を残しておくなんて、できるわけない。
陸斗を殺して、その罪を償うことになったとしても…それでも後悔はない。
美桜さんはぽろぽろと涙を流し始めた。
「海斗さん…そうだとしても人を殺して何も解決しないです…その人だって、そんなことを望んでいないと思う」
恒星を失って、俺は魂を奪われた気持ちだった。
生きると決めたが、ずっと、ずっと……一生、恒星のことは忘れない。
恒星がいなくなり、残った俺が…幸せになることを自分自身が許せない。
そして、たとえ美桜さんに何を言われようとも、恒星が死んで、陸斗が生きていることを、…俺自身の気持ちが納得できない。
美桜さんは両手を大きく広げて、何も言わない俺に向かって宣言した。
「わかりました。私は人殺しになった海斗さんを見たくないです。だから…ここから動きません、まず、私から―――どうぞ」
美桜さんを見た。
俺の言葉にも全く怯まない。
その上、陸斗を殺すなら、自分を殺してからと?
美桜さん、君は……何でそんなことを言うんだ。
もう君にとって、俺は無関係な人間じゃないか。
俺は…大事な人を一人失っただけではなく、ここでもう一人、自分の手で…………。
ここで殺さなかったら、俺は絶対に後悔するだろう。
でも、俺は美桜さんを………殺せるわけがない。
何のために、離婚したと思っているんだ。
こんな風に巻き込みたくなかったんだ………。
……美桜さんを失いたくない。
たとえ一緒にいられなくても、君には生きていてほしい。
美桜さんへの感情が溢れ出る。
自分だけ幸せになんてなってはいけないと蓋をした感情がむくむくと蘇る。
名前を聞くだけで…思い出すだけで、惹かれていく自分の感情が苦しかった。
こんな状況で俺は自分の気持ちをはっきりと意識した。
俺は美桜さんを好き、なんだ。
そう自覚してしまっては、もう…刃を美桜さんに向けることはできなかった。
包丁を真横にある細長いキッチンに向けて滑らせた。
「俺の負けだよ…陸斗」
そう俺は呟いた。
美桜さんはその場にへなへなと崩れた。
きっと陸斗はさぞ喜んでいるだろうとみると、ひどく苦しそうな顔をして「…負けじゃねぇよ。ほんとにくそだな。お前は皆に守られてるんだよ。…負けは俺だ…」と言った。
「賭けに負けたのは俺だ。お前の友達は言ったんだ。『海斗さんを貶めようなんて100万年早いです。必ず誰かが彼を助けます。あなたも西園寺家の身内なのだから海斗さんがどのような人か、そのうち理解するでしょう。その代わり、約束してください。もし私がこの賭けに勝ったなら、あなたはこの言葉を海斗さんに伝えるとともに海斗さんに何かあったら今度はあなたが助ける番です』とな」
「それでお前の友達は西園寺家の誰にも殺人はさせない、と。自ら死を選んだんだ」
「…最後の伝言は…『僕は十分、幸せです。これで幸せにならなかったら許さないです』だと。」
陸斗は聞こえるように「ちゃんと伝えたぞ。はぁ、まさか…ほんとに…伝える日がくるとは…」と大きく声を出した。
だから陸斗は…さっき『お前の周りは…お前のことをよくわかっているやつばかりで…俺はお前が嫌いだ』と言ったのか。
…恒星…お前…。
何で…最後の最後まで、亡くなる寸前まで俺の、俺の家の事も含めて、考えてるんだよ。
それで何で自分は幸せと言えるんだ。
その後のこと、考えすぎなんだよ。
光から聞いた、恒星が言っていたという言葉を思い出す。
-その人をただ思っているだけで幸せ
-相手が離れたいと言っても、執着するタイプでずっと想ってる
恒星、お前…死んでも執着するタイプだろ?
『やっと気が付きましたか。僕があなたのことを好きだってことを忘れないでください。そして幸せになってください。いや、幸せにならなかったら、それこそ――許さないです』
なんとなく恒星に言われた気がした。
そしてやっと自分で自分にかけていた呪縛が解かれていくような気がした。
陸斗と言えば、美桜さんのおかげで状況を飲み込んですっかり落ち着いたようだった。
陸斗とこの家での出来事はなかったことにするとお互い誓い合った。
そして陸斗は帰り、―――俺と美桜さんが家に残った。
「出過ぎた真似してしまい、ごめんなさい」と美桜さんは言い、荷物を持って立ち上がった。
「これで問題は何もないと思いますので…私も帰ります」
そうして帰ろうと後ろを向いて、玄関に向かおうとするので、俺は美桜さんの腕を掴んだ。
美桜さんは振り返った。
「海斗さん…あの…何か?」
「あ…うん…まだ…ここにいて…ほしいんだ」
俺は勇気を振り絞って美桜さんに声をかけた。
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