60 振り返りと傷口
翌日の12月27日、俺は会社に行った。
年末のため、仕事が片付いた人は有給休暇を取得し、社内には4割程度の人しか出社していなかった。
午前中の仕事を終えて、閑散とした社食でランチを食べていた。
携帯電話が鳴った。
「海斗さんですか、森下です」
いつもと変わらない言い方で森下は挨拶した。
「29日の10時にご実家にきてください。蒼真様から直々にお話したいことがあるとのことです」
森下は"きてください"と言い切った。
今回は確認ではなく、指示のようだ。
断れない、そう思った。
絵梨は今日の朝一で挨拶に行くと言っていたので、壊れたハードディスクやら木下の話なのかもしれない。
1日経って、それは俺にとって他人事のような気持ちで、少し冷静になれた。
どこかできちんと話さなければならないわけで、それが29日ということであればそれでいい、そう思った。
「わかりました、伺います」
そう返事をして電話を切った。
食事しながら、母の手紙を思い出し、父の今までの姿を思い返す。
俺は父に自分の考えを述べたことがあっただろうか。
話が通じない人と、勝手に思っていた。
実際は…そんなことはないのかもしれない。
父に思ったことを話してみようか、そんな考えを巡らせている中、ふいに声をかけられた。
「ここ、いいですか?」
顔を上げるとそこには情報システム部門の田辺さんが定食のお盆を持って立っていた。
「どうぞ」
俺は返事をした。
「年内の仕事は片付きそうですか?」
田辺さんは食事を食べながら聞いてきた。
「まぁ、なんとか」
「またまた~西園寺さんは謙遜がうまいから…」
田辺さんは笑った。
俺は田辺さんの調子を見て、「そちらは調子がよさそうですね」と伝えた。
田辺さんは笑顔のまま、話を始めた。
「仕事は年末年始にガッチリ入ってますよ。休みのうちにやらないことも多くて…ただ、紹介してもらったおかげでいろいろスムーズで良い年を迎えられそうです」
紹介とは、弁護士事務所の紹介を指していて、どうやら離婚に向けてうまく進んでいるらしい。
「奥さんにその節はありがとうございましたと感謝を伝えてもらいたいです」
田辺さんはお礼を俺に述べた。
俺は離婚したことを田辺さんに話していないから、そう言われるのはしょうがない。
奥さんと言われて、美桜さんと心の中で俺は呟き、ズキンと胸が痛んだ。
なんとか平静を保って返事をする。
「…はい。そう、だったんですね、よかったですね」
俺は美桜さんと話す機会など…ない。
思えば、いくつかタイミングはあったんだと気づく。
そこで君と話す…知る機会を、そして自分が思っていることを伝えることを何度も見逃してきた。
そのチャンスをふいにして、ほとんど知ることがないまま、終わりを迎えた。
これは俺の行動の結論。
…考えるな。
俺と、俺の中の、もう一人の自分がそう囁く。
最後を思い出す前に、全ての記憶を閉じ込めよう。
見に来てくださってありがとうございます。




