59 母の手紙
これは母が父に当てた手紙のようだった。
俺は一体、なぜこんなところに父は母の手紙を入れて保管していたんだろうと、封筒は一度封を切ったのち、丁寧に閉じられていた。俺は綴じ目から封筒を破らないようにゆっくりと開き、中から複数の便箋を取り出した。
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蒼真さんへ
これをあなたが読んでいるということは、私は亡くなったのでしょうか。
最後まで蒼真さんが私に尽くしてくれたことを私は忘れません。
そして私のわがままで病室に来ないでくれてありがとう。
前にも伝えましたが、あなたの中の私はいつまでも病気になる前の私であってほしいのです。
きっとあなたのことだから、誰にも何も言わずに全てを背負っているのでしょう。
それでいいと思います。
蒼真さん、あなたは西園寺家の長男なのだからこれからを、前に向かって進んでください。
それだけが私の思いです。
そして…遺伝することがわかっていたのに、反対されても結婚してくれて、私に子供二人を授けてくれてありがとう。
これからは新しい奥さんとお子さんにも気持ちを注いであげてください。
あなたの未来が明るく、そして西園寺家が続くことを祈っています。
最後に、私の病気を治すために研究を続けていると一斗から聞きました。
私はそれを望んでいません。
でもきっとあなたのことだから、一斗と海斗の二人のために調べているのでしょう。
それも、あなたと私の子供だからきっと乗り越えられると思うのです。
気がかりなのは、一斗と海斗に何も言わずに亡くなることだけです。
こればっかりは話した所で伝わるものでもないと理解はしているので、蒼真さんに任せます。
いつかきっと蒼真さんの気持ちが、あなたは信じた人をずっと大事にする人だと二人に伝わることを心から願っています。
そして二人はきっと蒼真さんを支えてくれると思っています。
思い出すことは良い記憶ばかりです。
特に何も言わないあなたが私に打ち明けてきた日のことは忘れません。
大事だからこそ、言えない。
巻き込みたくない。
それでもいいからとついていった私は今も何も後悔はしていません。
元妻からの最後の手紙を受け取ってくれてありがとう。
賀世
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俺は手紙を最後まで読んで…衝撃が走った。
父親は兄がいう通り、ずっと母親を愛していたのだ。
きっと母親を救いたい一心で、研究を再開したのだ。
病室に来なかったのは、母の希望だった…のか。
遺伝…まさか、父と母は俺と兄の身体のことを知っていた?
それがわかっていたから義理母と再婚したのか?
父は母の気持ちを汲んで、俺の前で弱音を一切言わずに…いたのか。
そして家族のために研究を…続けていたのか。
俺は愕然とした。
思えば、母は父のことで愚痴を言う姿を見たことがなかった。
母はなぜこんなに穏やかでいられるのかと、子供心に不思議に思ったのだ。
それは…父が母をずっと想っていたことを知っていたから。
母の遺言を思い出す。
家に戻ることは絶対条件で、『この不幸を止めてほしい、海斗がこの家を変えてほしい。』と言われたこと。
母は西園寺家の未来を誰より考えてた。
俺と兄に何も言わずに亡くなることが気がかりと母は手紙に書いている。
あれは…父を変えてほしいという意味、ではなかったんだ…。
父を理解して、この家を支えてほしいというメッセージだったんだ。
一番、俺が衝撃だったのは、父が『大事だからこそ、言えない』『巻き込みたくない』と打ち明けてきて、それを承知で母は父についていったと?
そんな父親が自分の姿と重なる。
恒星に大事だからこそ、言えなかった言葉。
もう誰も巻き込みたくなくて美桜さんと離婚した自分。
確実に俺の中に父親と同じ感情がある。
それは絵梨に森下の面影を感じたことと、同様なんだろう。
俺はあんなに嫌悪している父の…血のつながった子供なんだと強く感じた。
そう思っていたら突然に電話が鳴り始めた。
ー森下だった。
「海斗さんですか、森下です。」
何も愛想のない挨拶、森下らしい。
「絵梨の件、ありがとうございます。新年から働かせたく、明日、事務所で挨拶させる予定ですが、海斗さんもいかがでしょうか」
抑揚のない感謝の言葉。
俺は逆に気持ちを込めて、明るく声を出した。
「絵梨さんの門出でありがたいお誘いですが、明日は仕事がありますので今回は見合わせます。問題ありますかね」
もう年末で仕事は休んでも取り戻せそうな状況ではあったが、行けない理由として断り、相手の様子を伺った。
そもそも絵梨がアレを渡してから、会ったほうがいいと思った。
「…そうですか。承知しました。一応、声をかけてさせていただいた次第ですので、そのように蒼真様にはお伝えます。近々、またご実家にお呼びするかと思いますので、その時は来ていただければと思います。では、失礼します」
そう言って森下は電話を切った。
木下の件を何か言われるかと思ったが、何も言われなかった。
森下は絵梨のお礼を言うために、わざわざ電話をかけてきたのか?
手紙を読んで、俺は凝り固まった自分の概念が変わった気がした。
俺は息を吐いた。
明日、絵梨は事務所に行くのか。
この壊れたハードディスクを持っていってもらうために、準備をしなければと思った。
手紙は…研究資料と一緒に保管されていた所をみるときっと父の大事なものなんだろう。
これを廃棄するのはさすがに心が痛んだ。
再度、封筒に便箋を入れて開いた部分を丁寧に閉じて、またA4の封筒の中に俺はしまった。
これはそのまま返そう、そう思った。
見に来てくださってありがとうございます。




