5 失いたくない気持ち
暗闇の中で、俺は一度閉じた窓のシェードを上げた。
窓から機体が出している光が入ってくる。
俺は自分という存在含めて、全部なかったことにしたいんだろうか。
この問いに答えは出せなかった。
俺は人を愛する気持ちを知ってしまった。
俺はお前に会わなかったらよかったのにと思う反面、あえて会ってよかったと相反する思いを抱えて、恒星と想いを初めて通わせた日を思い出していた。
あれは俺が大学2年で恒星が高2の時だった。
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大学の同じクラスの子から告白された。
俺は何も考えずにOKして、初めて恋人ができた。
でも、1年ほど付き合ったら父親に壊された。
ある日、父親に呼ばれて応接室に行ったら、恋人がいた。そこで父親は恋人に婚約者がいるからと、俺と別れてくれとお金を渡して別れさせられた日。
恋人は泣いた。
そして父親からは、これから遊ぶ時は理解者を選べと言われたあの日。
俺は怒り、家から飛び出した。
行き先はもちろん、恒星の家。
その日は、本当にたまたま学校の振替休日でお休みだった恒星だけが家にいた。
玄関には恒星の靴だけが置いてあったのをみて、俺は一目散に、1階から2階に走って勢いで上がって恒星の部屋を目指した。
「どうしたんですか?」
恒星は部屋でベットの上で漫画を読んでいた。
「別れさせられた」
俺は手をグーにして力を込めて怒って言った。
恒星は驚いたように目を開いた。
「俺の人生って、何なんだろうな」
俺は恒星につぶやいた。
恒星は俺を見て、俺の頭を撫でた。
そうして少し俺の様子を確認した後に「僕でよければ、抱きしめますけど?」と恒星は聞いてきた。
俺は涙を堪えながら、この震えるほどの怒りを受け止めてほしいと思って、頷いた。
そうして恒星に抱きしめられて、背中をゆっくり撫でられた。
俺は抱きしめられながら、気持ちを落ち着かせて、そっと恒星の顔を見た。
耳まで真っ赤になっていた。
「恒星?…お前、何…」
俺はそう口走っていた。
恒星は俺からすぐに離れて、「何って慰めてるだけだし。そのまま慰められてよ」と言って、部屋の扉から出ていった。
あの反応は…。
俺は扉を開けた。
恒星は部屋を出たすぐ横に体育座りで座り込んでた。
俺は近くによって、膝をついて恒星を見た。
「もう、ほっといてよ」
そう言って俺を手で押した。
俺はそこでつい聞いてしまったんだ。
「お前、俺のこと、好きなの?」
恒星は顔を下に向けて、言った。
「何、聞いてるの?それって、どういう意味かわかってんの?」
そういうこと、なのか?
俺は自分で言ったくせに反応を予想していなくて、びっくりした。
そして全く嫌だと思わなかったんだ。
お前はそんなことないって否定するだろうけど、ほんとに、違和感なかった。
だから確認するため、俺は「恒星こそ、わかって言ってんの?」と言った。
恒星は真っ赤な顔を上げて、「何これ?海斗さんの気持ちを落ち着かせてあげようと思っただけなのに、この仕打ちひどい。…好きで何が悪いんだよ」と言ったのだ。
俺は恋人と別れさせられたこと、それで怒っていたことをすっかり忘れて、恒星の顔を近づけて、二度目のキスをしてた。
「俺にさ、お前は必要なんだ」
俺は恒星にそう言った。
思えば、一度も恒星に言葉で好きや愛してるなんて言ったことがないことに今更、気がついた。
言い訳に聞こえるかもしれないけど、ちょうど壊されたばかりで、何かを言葉にした途端、壊れると思ったんだ。
そんな言葉を言わなくても、俺の気持ちは伝わってると思い込んでいたんだ。
お前がこんなに早く俺の前からいなくなるなんて思わなかったから。
そう考えているうちに、また機内の照明が明るくなった。今、時計は日本時間朝の4時を指していた。
俺は大きく身体を伸ばした。
長かった夜は終わったようだ。
あと二週間と頭の中で繰り返した。
また機内食の時間になったがそれもパスして、到着までの間、俺は最後の1日の過ごし方を考えて手帳に書いた。
そうしてほどなく、ニューヨークのJFK空港に到着した。
俺は呼んでいたリムジンに乗りこみ、ホテルに到着して、シャワーを浴びて、そのままベットに行き、泥のように寝た。
****
夢の中に、恒星と狭山が出てきた。
「ひかりさん、僕を殺したのは誰なんですか?」と恒星が言う。
狭山は俺を指さして、「あの人、海斗さん」
俺は必死に否定する。
「違う、俺は殺してなんか…」
狭山はくすくすと笑って言う。
「海斗さん、私に恒星くんを取られるのが嫌だったんですよね」
そうして恒星も少し微笑みながら言う。
「嫉妬していたんですか?残念ですね。僕は光さんが大事です。これからずっと一緒にいます。生きている間、あなたは僕に好意の言葉さえ、くれませんでしたからね。しょうがないんじゃないですか」
俺は「狭山には悪いと思ってる。俺は、恒星、お前のことを…」と言って言葉を発しようとしてもその後の言葉が吐き出せない。
「もう気にしていないので、海斗さん、気にしないでください。狭山って最後の日にお互い名前で呼びあったのに、それすら忘れてしまうなんて、海斗さん、あなたはひどい人ですね」と恒星が嫌味のように俺に言う。
二人はそのまま消えてしまった。
俺はそこで夢から起きた。
背中に大量の汗をかいていた。
そうだ、俺は最後の飲み会で、狭山を名前である光と呼ぶようにしたのだった。
すっかり忘れていた。
俺が恒星を殺した。
そう、なのかもしれない。
恒星を光に取られたと思っていた。
それも…そうなのかもしれない。
俺は汗を拭き、ペッドボトルの水を飲み、また眠った。
その次の日から2週間は考えず時間もないぐらいのスケジュールで俺は予定の日を迎えたのだった。