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月にキス-IdentityCrisis Rebirth  作者: MERO


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53 勝利は誰の手に Ⅰ

<この回の登場人物>

西園寺海斗(さいおんじかいと)

 この物語の主人公(33歳男性)、父の持つクローン研究のマスタデータ取得しようとしている。


西園寺創真(さいおんじそうま)

 海斗の父、政治家。邪魔物は排除し、西園寺グループの繁栄に固執している。


森下(森下)

 父の側近。感情を見せることはめったにない。


絵梨(えり)

 森下の娘(21歳)、父に反発している。海斗からその反発は秘書になって返せばいいと言われて、秘書になることにOKを出す。


中村(なかむら)さん

 父の古参の公設秘書の一人。海斗と面識あり。


木下(きのした)

 父の秘書の一人。義理母、義理弟の陸斗の知り合いで、父は絵梨との秘書の入れ替えを企てている。

 

<今までお話(要約)>

二年前に命を失ったはずの友人たちが生きていた。

クローンとして生まれた友人の一人である光は、そのクローン研究を実施していた海斗の父の元にある研究の全てを回収してほしいと海斗に頼む。

海斗はクローン研究の実担当だった兄に接触し、病院の研究室にあるクローン研究情報を取得した。兄によると研究のマスターデータは政治家の父の議員会館にある執務室にあるということが判明したため、父に接触した。

その結果、森下の娘の絵梨を通して議員会館へ入館することとなり、研究資料の奪取を企てる。

「海斗さん、こちらへどうぞ」

 秘書の一人に連れられて、議員会館の3階にある父の議員室前までやってきた。


 秘書が先立って扉を開けて、秘書室に案内する。

 中には2名、事務所スタッフが作業しているようだった。


 その中の1名が俺を見て、立ち上がった。

「海斗さん、ご無沙汰しております」と声をかけられた。

 中村という古参の秘書の一人で、実質ここの事務方を取り仕切ってるメンバー。


「こちらこそ、お久しぶりです、中村さん」

 俺は声をかけた。


 声を合図に、もう一人も手を止めて俺を見た。

 その相手が今日のターゲットの木下という31歳の男性で、何事かという風な表情で様子を一瞬伺った。

 その間に、中村さんに俺と絵梨は「こちらに座ってください」と言われて、秘書室内の簡易な応接室に通される。


「お元気そうで何よりです。いつも父を支えていただき、ありがとうございます。こちらは気持ちですが、皆さんにお渡しください」

 俺は手土産を渡す。中村さんはありがとうございますと、言いながら受け取る。


「こちらは、森下の娘の絵梨さんです」

 俺はわざと少し大きな声で中村さんに言う。


「森下とは家族ぐるみの()で、私がぜひ、絵梨さんを秘書にと、父に紹介したのです」と、俺が言った時、がたんと大きな音が鳴った。木下が立ち上がったのだ。


 中村さんが声をかける。

「どうした?木下」


「いえ、先生の息子さんにお会いするのは久々で挨拶を…と思いまして」

 俺も立ち上がり、木下の前に俺は手を差し出した。

「どうも、お久しぶりです、木下さん」


 木下と俺は握手し、木下は聞いた。

「それで…その…森下さんのお嬢さんのご紹介でこちらにはいらっしゃっただけなのでしょうか?」


「木下、会話中だぞ」

 中村さんが急に会話に入った木下をけん制したが、木下は気にせず、俺にこう言った。 

「まぁ、いいじゃないですか、中村さん。ちょっと先生のお考えをお話しても…」


「何でしょう?」

 俺は気にしないそぶりで問い返した。


「秘書になるなら…時期的には…どちらかというと息子さんなのかなと、ねぇ、中村さんもそう思ったのではありませんか?」

 木下は俺にふふんと鼻をならして、俺に聞いた。

 少し斜めに座っていた絵梨の目が大きく開き、木下を見た。

 

「あぁ、ええと海斗さん、木下の言う話はね、先生の希望でもあるんですよ。そろそろ息子さんの誰かが秘書になってくれたらという話がよくあがるものでね…」

 中村さんは額の汗を拭いて、俺に説明した。


 そうか、父は俺にもこの話を飲ませるために、外堀から埋めようとここに連れてきたのか。

 俺は納得した。


 絵梨に了承させて、自分は逃げようなんてことはしないよな、そういう父の目論見を感じた。

 さらにこの質問をしてきた木下は俺を押しているわけでもない、彼は義理母の知り合いで探りをいれていることが一目瞭然だった。


 ほんとに、ここは魑魅魍魎(ちみもうりょう)巣窟(そうくつ)だなと俺は思った。

 俺と周りのやり取りに絵梨は少し固まっているが、黙ったまま、様子を伺っている。

 議員の秘書である父の森下にあまり良い感情を抱いていない絵梨はかつてのパーティで俺を見ていたように、きっとこの二人の関係を俺も含めてよく観察しているのだと思う。

 絵梨本人は否定したが、やはり森下は(おのれ)の娘の理解力とその場の適応能力の高さを見込んで推薦したんだと俺は推測している。そうでなければ、こんな場に娘を呼ぼうと思うだろうかと…そう、森下は適正と性格を見越して、これから父を、西園寺家を支える人材としてここに送り込もうとしているのだ。

 絵梨、木下と交代させて君の居場所を作るから、もう少しだけ我慢してくれ。

 

 そして俺は自分の為すべきことを思い出す。

 俺は議員会館(ココ)にきたのは、研究資料のためであり、それ以上でもそれ以下の理由でもない。


「そんな話が挙がっているのですか…いえ、父には叱責ばかりでまだまだ修行が足りないと言われておりまして、まだまだ外で学ぶことばかりです」

 俺は困った顔をした後、たっぷり笑って、「そういえば父と話すのにも政策を学べと、基礎資料は事務所にあると常日頃、言われているのです。今日は良い機会なので少し拝見してもよろしいでしょうか」と言った。


 俺のやる気があるのかないのか煮え切らない態度に中村さんと木下は顔を見合った。

 それでも、中村さんは俺の言葉をポジティブに受け取ろうと「勉強するという前向きな心意気、受け取りましたよ」と言い、「せっかくの機会だから案内して」と木下に向かって言った。


 木下は俺と絵梨を棚の前に連れて行き、資料保管と書かれた棚にカギをさして、扉を開いた。

 一面に内容年代別にずらっと資料が並んでいた。


 どうぞと言われた俺はいくつかダミーの資料を取り、その中から『研究コード:2847383029_病院研究結果含む』とタイトルに書かれたA4の白いケースを発見し、取り出した。絵梨は俺の様子を横で黙ってみている。

 

「ここで拝見してもよろしいでしょうか」

 俺は木下に聞いた。

 

 木下は「内部資料はここでしか見ることはできませんよ」と不機嫌そうに言って自席に戻って行った。

 俺と絵梨は簡易応接室に戻り、絵梨には西園寺家の歴史といった資料を手渡した。

 

 そろそろ頃合い、かな。


 俺は携帯電話が鳴ったふりをして、「こんにちは、はい、すみません、今、出先でして…」と言いながらナリにワンコールした。

 ナリはこれで対応してくれるはずだ。

 俺は心の中で数を数え、その時を待った。

見に来てくださって、ありがとうございます。

よろしくお願いします。

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